その06 懐中時計と戦争
「それで、例の集落は何の集落なんですか?」
「ゴブリンです」
「ご、ゴブリンかぁ……」
ゴブリンは『島龍ファンガーロッツ』の眷族である亜人だ。
大人になっても1メルト程度しかない小人で、くすんだ緑の体皮を持つ。足は短く手が長い。
顔立ちはトカゲに似ている。四角い頭部で口が大きく鼻は穴のみ。顎や顔、頭、背中に棘状のいぼが生えていて、体毛は薄い。男は顎に、女は頭部にのみ毛が生えていて、毛の生え方とイボの配置で個人を見分ける。
好奇心旺盛ながら臆病で強欲で飽きっぽくて調子に乗りやすい、知能も筋力も十歳児と大差なく、弱いものいじめが好きで我慢ができない点でも子供じみている。
ただし指先は極めて器用で、細工物や工作を得意とする。『役立つゴブリン』と呼ばれる変異種は落ち着きがあるため人間社会でも優秀な職人として働いていることがあるが、一般のゴブリンは短気で飽き性であるため、職人にはなれない。
好奇心と行動力が災いし、ゴブリンの死亡率は極めて高い。だが同時に繁殖力も高く、生活が安定していればネズミ算式に増えていく。
ゴブリンの多くは家族単位で旅をして、行く先々で略奪や窃盗を繰り返す。一般的には、ゴブリンは見つけ次第退治するべき害獣である。
「でも、集落があるのか。『王』がいるんですか?」
「はい。しっかりと統率された職人町です」
厄介者で仕事もできないゴブリンたちであるが、支配者階級の突然変異種『王』が生まれると一新する。
『ロード』の下ではゴブリンたちは統率され、驚くほどに真面目に働くようになる。
「なら期待できるな……セータ子爵と敵対しているんでしたっけ?」
「正確にはセータ子爵側が立ち退きを要求しており、ゴブリン側は徹底抗戦の構えを取っている」
答えたのはこれまで黙っていた従者の男だ。
「ゴブリンの集落は廃棄された坑道に作られており、彼らは掘り進めて古代遺跡を発見した」
「そりゃすごい。いや、なるほど……それは困ったな」
六龍歴は大陸統一皇帝が作った暦である。しかしそれ以前にも文明は存在していた。魔法機械文明である。
しかし、統一皇帝の前の時代の魔王によって文明は崩壊。魔法機械は未だに再現できない。人間には。
ドワーフの卓越した工匠ならば、設計図があれば再現もできるかもしれない。他にも蟻人ならばあるいは。
ちなみに蟻人は『硫黄と真鍮のブラサルファ』の眷族で、亜人と呼ぶべきか判断の難しい種族である。
蟻人は繁殖せず、不老である。金属の外骨格に覆われた人型で、作られた当初から現代までの記憶を有している。
当然ながらその存在は希少だ。不老であっても不死ではない。戦乱の中で蟻人は失われてきた。
遺跡そのものよりも価値がある可能性すらある。そしてもしも幸運にも蟻人に出会えたならば、魔法機械の作り方を知っている可能性もあった。
…………さてゴブリンの厄介な点の一つとして、彼らの中にごく稀に生まれる天才の存在が挙げられる。
天才のゴブリンたちは通常では成し得ないものを作り上げる。まるで頭の中に設計図があるかのように、龍によってそれが与えられたとでも言うかのように。
天才のゴブリンは不可能を可能にする。既に失われた。あるいはまだ未発明の技術を、当然のように行使する。
「そのゴブリンの集落は、魔法機械を再現できるんですか!?」
「正確には『修理』できる」
驚くメリルに、端的に答える従者。
魔法機械は魔法と名前が付いているが、魔法の力で動くものだけではない。人知を超えた技術力で、歯車とねじ巻きで動くからくりも含まれる。
従者が荷物から布でくるまれた品物を取り出した。コイン大の真鍮。コインよりも薄いのに開閉式で、内側には文字盤が描かれていた。
十二の数字の大円、端に六つの印の小円、そして小さく二桁の数字。
「時計だね。見事な細工だが薄すぎる。動力は魔法かな?」
「歯車です。千分の一セルト以下の精密な細工で、動かし始めたら自身の動きを動力に百年近く動くそうです」
「なにそれ魔法では?」
「魔法より魔法ですね」
自分の言葉を信じていないのだろう。トリスタンは不思議そうに答える。その時計を、珍しくアガスが覗き込む。
黒檀色の肌の巨漢は端正な顔をしかめて目を凝らす。呼吸を止めていたのだろう、離れながら大きくため息。
「素晴らしい出来だ」
「うわ、喋りましたよ!?」
「遺跡から掘り出した戦闘機械が動き出したみたいな反応はやめてください。アガスは喋れないんじゃなくて喋らないだけなんです」
アガスが感想を口に出すということは、それ程の完成度だということだ。発掘された機械を修理したものなのだろうけれど、修理できるという時点で異常な技術力が伺える。
「トリスタンさん。ダメですそんなもの。こんな所で」
「メリーくんの見立てだといくらだい?」
「メリルです。大金貨で三枚」
カルマの問いに、メリルは即答した。トリスタンが感嘆の声を漏らす。ビンゴだ。
「ヤバイね」
カルマが困ったように呟き、山高帽を目深にかぶった。感嘆すべき技術力に、脱帽して手放しに称賛したいところだろう。
だが、彼は即座に、事態の切迫具合に気がついていた。
「猶予は?」
「傭兵の集まり方から見て十日程度かと」
「しまったなぁ……」
従者の言葉に首をひねるカルマを、メリルが不安そうに見上げた。
「どうしまんですかカルマさん」
「いや……うん。よーしメリルくん。尻尾を巻いて逃げるぞ! 戦争なんてやってられるかい。僕らは平和主義の商人なんだからね!」




