表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
冒険商人 カルマ・ノーディ の物語  作者: 運果 尽ク乃
【冒険商人 カルマ・ノーディ】  第三巻

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

41/139

その05 偉大なる主と邪神信仰


「つまり、昨晩一緒だった旅芸人一座は僕らを暗殺しようとしていた?」

「はい。隙がなさ過ぎて諦めたと言っていました」


 カルマたちは自称善良で平和主義の商人である。殺し屋に狙われるような心当たりはエイベルの事しかない。

 そのエイベルは、現在帝国貴族内に浸透し蔓延(まんえん)しつつある邪神信仰にメスを入れていた。既に有力貴族の邪神信仰の証拠を突き止め、御家断絶にまで追い込んでいた。


 さて、ここで慌てるのがまだ露見していない邪神信仰貴族である。どうにかしてエイベルの動きを止めようと圧力をかけた、その関係でエイベルは単身本国に帰還している。

 だが、エイベルはそんな圧力に屈するような女ではない。恐ろしい執念深さと蛇のような執拗(しつよう)さで、邪神信仰を狙っていた。


「所で無知で申し訳ないんですけど、どうして邪神なんて信仰するんですねか?」

「いい質問ですねメリルさん。では逆に、なぜ人々は唯一にして偉大なる主を信仰しているのですか?」


 トリスタンの答えは冗談でも意地悪でもなかった。メリルはカルマを一瞥(いちべつ)した。


「絶対なる主は創造主です。そして、ボクらが社会的に生活するために法を制定して、幸せに生きるための教えを授けてくださいました」

「具体的にはどんな教えですか」


 専門家に対して説明することの緊張感を強いられつつも、メリルは続けた。


「全体と個の調和。そのための手段としての徳。仁義・礼節・忠信。そして慈愛です。


 仁義とは倫理と道徳。人として正しいこと。善い行い。

 礼節とは礼儀と節度。他人への敬意と作法、そして自分をわきまえること。

 忠信とは忠実と信義。まごころと嘘偽りのない誠実さ。


 そして自分と他者を尊敬し愛することで、人間と社会あるいは世界の関係は正しく保たれ、幸せを得られると主は仰っております」

「でも、それって窮屈(きゅうくつ)ですよね?」


 満足そうにうんうんと頷いていたにも関わらず、笑顔で聖騎士たるものの言葉とは思えない回答。メリルは絶句した。


「なぜ盗み、殺し、奪ってはいけないんですか? 自分こそが一番で、他人の利益なんて考えても損するだけですよ? 相手が嘘をついているかも知れないのに、正直者は馬鹿を見るだけですよ?

 なにより、戦争、商売、競争……主の教えは状況次第で無視して良いものですよね?」


「それは…………」

「主の教えは善く正しく生きるための功徳ですからね。都合よく無視する輩はやがて地獄に落ちるでしょう。でも」


 言葉に詰まるメリルに代わり、カルマが皮肉っぽく唇を歪めながら答えた。自嘲的に。


「死後の安寧(あんねい)よりも、現世での欲望に身を任せる。死後など知ったことではない……それどころか、死ぬ気がない。それが貴族様方が邪神に傾倒する流れさ」


 邪神の力で不老不死や無敵の肉体を得るのだ。しかし、それは極めて困難で、悪運と恐ろしい儀式が必要になる。成功の可能性は極めて無に近い。

 だが、あえて邪神を頼ろうなどという輩は計算ができる程賢くはなく、むしろ自分だけは特別だという根拠のない自信に満ちている。


「そう、その手の連中は自由を履き違えた愚か者です。人は一人では生きていけません。メリルさんは正しい。主の教えに背き徳を忘れた者には、いずれ然るべき報いが訪れます。

 問題なのは、邪神を信仰する一般人です。彼らを救うことは難しい」


「一般人ですか?」

「はい。不幸や理不尽に絶望し、この世の地獄で喘ぎながら、主に救いを求めていた人々。それが邪神信仰の正体です」

「…………?」


 メリルには理解できなかった。口にするのも苦しいような生き地獄。甲雲戦争の最中にはそれこそそこら中に存在した。

 メリル自身もその経験者で、天に唾吐き神を呪った……神を、呪った?


「偉大なる主が一向に救ってくれないから、邪神に鞍替えするんですか?」

「誰がそれを責められます?」


 貧すれば鈍する。絶望はどんなに強い人間の心も砕いてしまう。メリル自身にも身に覚えがあった。

 

「衣食足りて礼節を知るという言葉もあります。日々の食事もままならない状況で、それでも主の教えを守り続けることは難しい。戦後の混乱や貧困こそが、邪神信仰の原因です。

 でも、人は助け合える。分かり合える。主がなぜ我々を完璧にお作りになれなかったのか、それは互いの不足を補い合うためです」


 メリルはこの長身の聖騎士がなんとなく分かってきた。この人は、現実を知りながらも理想を追いかけているのだ。

 そして、答えを教えるよりも、答えを考えさせることを好んでいる。


「俺は生まれもよくてお金もありますが、騎士としては致命的な身体なんです。どんなに食べても筋肉がつかない。鎧なんて着ていたらすぐに疲れ果ててしまう」

「トリスタンさんは騎士よりも教師か司祭が向いていると思いますが?」

「俺もそうなりたいですね」


 なりたいものと出来ることが違うのは、カルマもよく知る悩みだった。トリスタンの望みはこの二十年以上後に叶うこととなる。だがその前に、その手でエイベルを殺す必要があった。

 エイベル・ノーマルは、己の野心のためにいずれは父親を殺し、神聖ホリィクラウン法国を崩壊に導く簒奪(さんだつ)者となる者だ。トリスタン・パトリオットは親友として彼女を止める。何もかもが手遅れになってから、命を奪うことで。


「さっきの旅芸人たちも……?」

「彼らは違いますね。旅芸人と同時に、頼まれれば荒事も請け負うただのならず者です。邪神信仰がどこまで手を伸ばしているかは、今エイベルが調べています」


 だが、邪神信仰は既にこのオールガス帝国の中枢にまで食い込んでいた。四大公爵家の一つであり、当時玉座にあったラファエル・ブラムドアは、あろうことか甲雲戦争末期時点で邪神に魂を売り払っていた。

 ブラムドアの野心のタガが外れ、大陸西部を戦禍に巻き込む『オールガス侵略戦争』まで残り五年。


「ボクらはエイベルさんの手先だから、狙われるって話ですよね」

「そうです。現に…………この道を進んでいるのはエイベルの情報からですか?」

「違いますね」

「この先の集落と、セータ子爵は現在緊張状態にあります」


 機械部品を作る亜人の集落という話は事実ということだ。ただし、人間と緊張状態にある集落だ。無警戒で入って行っては殺されかねない。

 あの旅芸人のフリをした殺し屋どもは、自分らでカルマたちを殺せないから亜人に任せようと企んでいたのである。


 カルマたちとトリスタン、その従者は集落へ向かって歩みを進めていた。


「え? トリスタンさんはどうなさるんです?」

「解決を望んでいますよ」


 このまま進めば、いざこざに巻き込まれるのは必定。

 しかし、ここで引き返せば、また野宿になりかねない。


「せっかくだからお手伝い致しますよ。販路を広げるついでです」

「ありがたい。なら、お礼は先ほどの大金貨ということでいかがですか?」


 あれは金額が大きすぎる。結局受け取らずになし崩しでなかったことにしようとするカルマの計画は、少しばかり難しそうだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ