その03 山賊と詐欺師
翌朝、馬の半刻(午前七時)に四人はレブカの街を出た。エイベルは手荷物が少なく、やけに長い背負い袋一つだけだった。
「貴重品とぉ、保存食と水袋くらいですからぁ」
預かろうかと尋ねたカルマに、女は丁寧に断った。客人であるエイベルは片付けた荷馬車に乗ってもらう。
小さな荷台の荷物を寄せて、何とかひねり出したスペースに、エイベルは小ぶりなお尻を押し込んだ。
「山道ですから、乗っていられない場所もあるかもしれません。その場合はご容赦を」
「あはは。お気になさらずぅ。一日徒歩でも大丈夫ですよぉ?」
一応はお客様だ。そんなわけにもいかない。
さて、荷馬車というと幌付きの立派な馬車を想像される方もおられるだろう。
しかしカルマたちの荷馬車はそんな大したものでもない。
白浪号は名前こそ勇ましいが、膝下だけが靴下のように白い毛の生えた芦毛の老馬で、我慢強いが足も速くないし力もほどほどだ。
荷台は長さ2メルトで幅1メルト程度の、手押し車に毛が生えた程度。
雨が降った場合はテントも兼用の帆布を広げる。シートランで大型海洋船舶に使う上質の帆布だ。燃えにくく水を弾き、頑丈であるため簡単には破れない。
矢でも投石でも耐えられるため、最悪エイベルを守るためにいつでも広げられるようにしてあった。
街を出て四半刻(三十分)もしない内に、道の両側は森に変わっていた。踏み固められた道は荒れ、木の根で膨らみ、所々に雑草が生えていた。
道は緩やかな上り坂になっていた。普段は御者台に座るメリルも、今日は杖をついて白浪号を先導していた。
大人顔負けの知能で、口は達者ながら十歳の少年である。この山道の懸念の一つはメリルの体力でもあった。
「メリルくん、止まって」
「ボクはまだまだ元気ですよ?」
「あはは。違いますよぉ」
前方に、道を塞ぐように立つ三人の男。
汚れた革鎧、髭面、二人は盾を背負い両手に石を持っている。真ん中の男は少し違う。鉄の胸当てと革のコート、腰には剣を刺していた。
アガスが無言で前に出る。黒檀の様な肌の、むくつけき大男の威圧感。しかし、コートの男は気圧される様子がない。
「我々は山賊だ。この先に向かうならば命の保証はしないぞ」
「いやいや、良かった! まずは平和的に脅してくる山賊、最高だね! 美女のお出迎えならばもっと良かったが、まあそこは妥協しておこうか」
大声でわめきながら、満面の笑みと共に山賊たちに近付くカルマ。アガスに並ぶ。
暴力には慣れていても得体のしれない奴相手にはそうでもないらしい。コートの山賊は剣に手をかけた。
「おっと、抜かないでくれ。僕は商人なんだ。平和主義者だよ。君たちが山賊ならば要求があるはずだ。聞かせてくれ」
「…………荷物の一割を置いて帰れば手荒なことはしないぞ」
荒くれ者との交渉事にメリルの出番はない。不安を顔に出さないように努めながら、白浪号の手綱をぎゅっと握る。ふと振り返ると、エイベルは真面目な顔で周囲を見ていた。
しかし、彼女から緊張感や不安はない。しっかりと腰を下ろしたまま、恐怖で動けないわけでもないだろうに。
「それは困るな、荷物の一割を渡した上で通ることもできないとは。
実は僕らはレブカの街でロクな仕入れもできていない。少しでも損失を減らすために、一刻も早くカリュオの街に向かいたいのだ。なのにここで戻ったらとんだロスだよ。
今から道を変えたら何日かかるか分かっただものじゃない」
「それはお前らの理屈だ」
「だから君らを雇いたい」
「は?」「おやおやぁ?」「何言ってるんですかカルマさん!?」
メリルが悲鳴をあげる。コートの山賊は虚を突かれたようで、あからさまにうろたえた。
その目がカルマたちを通り越してその先を見る。そこに、相談役が隠れているのだろう。
「僕らは四人。向こうの麓まで銀貨四十枚でどうかな? 成功報酬は一人頭銀貨で三十枚。君ら三人なら九十枚分の銀貨で支払うよ。
ただし、僕ら四人が今日中に五体満足でカリュオ側の麓に辿り着くことが条件だ。質問は? 人を増やしたり相談をするなら早めにね」
そこまで言うと、警戒心皆無で振り返り、メリルの所まで戻るカルマ。
当然、メリルは青ざめている。
「銀貨で百三十枚とか、赤字ですよカルマさん……!」
「二百八十枚だ。大丈夫、払う当てはあるからさ」
瞬きするメリル。差額は百二十枚。あと五人もいるの!?
「おいおい、たった三人で山賊なんてするものかい。喧嘩は相手の倍用意するのが基本だぜ?」
「イーク! ちょっと来てくれ!」
コートの山賊が叫ぶと、カルマたちの背後の茂みから馬が飛び出してくる。見事な栗毛、がっしりした身体つきに太い脚、軍馬だ。
その背中に乗るのはまだ髭も生え揃わない若い男。鉄製の胸甲と具足、円盾と手槍。軽騎兵だ。
「ほぅ」「あはは」
その見事な手綱さばきと、カルマたちを威嚇するような目つきに、感嘆の声をあげたのはカルマとエイベル。
イークと呼ばれた青年は二人を一瞥し、コートの山賊の所まで足を進めた。
「隊長、何をグズグズしているんです?」
「こいつら、護衛を依頼してきた。まとまった金が手に入るぞ」
「…………」
小声で相談する二人を、カルマとエイベルは似たような表情で見ていた。あと一声。
「仕事次第では仕官の道も開けるかもしれないと言ったら?」
「話がうますぎる! 隊長、アイツは詐欺師だ!」
噛みつかんばかりのイークに、カルマは苦笑。詐欺師と間違われるのは日常茶飯事だ。
「うーん、ここで足止めされるのも嫌だしな。詳しくは歩きながら話そう。
君、後ろ四人にもそう声をかけてくれないか?」
「えっ、はい」
石を持っていた山賊に声をかけ、カルマは悠々と歩き出した。隊長とイークが困惑しながらも渋々と従う。
彼の言う通り、カルマは詐欺師だった。少なくとも、一銭も払わずに山賊どもは矛を収め、彼に同行することになっていた。