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冒険商人 カルマ・ノーディ の物語  作者: 運果 尽ク乃
【冒険商人 カルマ・ノーディ】  第三巻

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その03 巨大ナナフシと色男


「こっち……本当に人里あるんですか?」

「蛮族か亜人という話だったけれど、交易はあるみたいだしね」

「きちんと近くの街か宿場で情報を集めるべきでしたね」


 歩くこと半刻(一時間)以上。進めば進むほど街道は荒れ、道はでこぼこになり草木が生い茂る。

 普段なら小言を言うメリルも、この日ばかりは自分から言いだしたので文句も言いにくい。


「オバケが出そうですね……」

枯れ尾花(ファスマトディアン)とか?」

「魔物は正体がわかっているので怖くはありませんね」


 枯れ尾花(ファスマトディアン)は枯れ木に擬態する食肉昆虫である。1メルトから3メルト程の大きさが一般的だが、記録では6メルトを越す超大型も残っている。

 枯れ木にしか見えない色艶の外殻をまとい、獲物が近寄るまで身動ぎ一つしない我慢強さ。動きは素早く、細く長い手足は視認性が悪いため距離感が測りづらく対処が難しい。


 体長から考えると非常に細い胴体と脚を持ち、カマキリに似たノコギリ状の前肢で獲物を引き裂く。

 手のひら大の枯れ葉に擬態した吸血性の昆虫と共生していることが多く、本能で連携してくるため注意が必要である。


 特に吸血昆虫は、皮膚の薄い首か、目口を狙って飛びかかる。顔面を目掛けて飛んでくるそちらに気を取られた隙にファスマトディアンに襲われ負傷することが多い。

 ちなみに『枯れ尾花』は荒れ地に自生するほうき草の別名だが、ファスマトディアンは似ても似つかない。


 この名前は愛称のようなものであり、有名な『幽霊の正体見たり、枯れ尾花』という詩にかかっている。

 動物学者の研究が進むまで、ファスマトディアンは枯れ木に取り憑いた悪霊の一種だと目されていた。


「どれどれ……」

「魔法って便利ですよね、ボクも使えるといいなあ」


「メリーくんは魔法なんて無くても出来ることがたくさんあるだろ……うん、少なくともファスマトディアンは居ないね」


 実際にはナナフシに類似した大型昆虫であり、悪霊でもオバケでもなかった訳で、発見した学者が笑いながら『枯れ尾花』と名付けたという経緯がある。


 ファスマトディアンは荒れた土地に住み、枯れ木に擬態する。まさにこの街道に待ち伏せしていてもおかしくない魔物だ。

 しかしながら『真紅の悪龍ライフレア』の魔法使いであるカルマには、擬態型の生物は通じない。彼は魔法で熱源を感知できるのだ。


「じゃあ何がいるんですか?」

「馬に乗った人間が二人」


 カルマが後方を示す。遠くに人影、カルマたちと同じ方向に駆ける騎影が二つ。カルマたちは黙って馬車を道の端に寄せた。

 早馬を走らせるということは、緊急の用事か伝令ギルド、あるいは貴族の関係者だろう。


 急ぐ旅ではないため、道を譲るのもやぶさかではない。それより、もしも相手が貴族で道を譲らなかった場合は面倒なことになる。

 機嫌を損ねて無礼打ちになどなりたくはなかった。


「そこの馬車、ノーディ商会のカルマさんですか!?」

「え、ご指名?」


 白馬に乗った長身の男性が爽やかな声を上げる。陽光に輝く金髪の巻き毛、鼻が高く甘いマスク。白いマントと鎧。腰には長剣を下げている。

 長剣の所持は貴族あるいは騎士にしか許されない。つまり、この男はそのどちらかだ。もう一騎は見るからに装備の質が違う。従者だろう。


「こうやってお話するのは初めてですね。セータ側に来ないから探してしまいました」

「…………改めて言うのは不思議ですが、初めまして。カルマ・ノーディです」


 男は白馬から飛び降り、カルマに歩み寄った。お互いに何度か顔を合わせたことはある。しかし、その場合は常に一人の女が間にいた。

 神聖ホリィクラウン法国の聖騎士、エイベル・ノーマルという女が。


「聖ホリィクラウン法国の聖騎士、トリスタン・パトリオットです。改めてよろしくお願いします」


 白い手袋をした右手を差し出され、カルマは少し戸惑った後に握った。聖騎士はホリィクラウンの外で働き、各国を見回り、折衝し、必要に応じて武力を行使する存在だ。

 地位で言うならばそこらの田舎貴族よりも上。ホリィクラウン貴族出身でなければ就くのは難しい。エリートである。それが、一介の商人と握手だなんて。


「その、失礼ですが」

「ああ、俺の父は枢機卿(すうききょう)ですが、俺自身は親の名前を借りて騎士になっただけの男です」

「いやいやご謙遜(けんそん)を」


 苦笑いをするカルマに、トリスタンはゆっくりと(かぶり)を振る。

 カルマは完全に戸惑っていた。トリスタンの真っすぐな瞳に後ろめたさすら感じていた。


「いいえ、俺は与えられた職務を言われるがままにやっているだけ。

 地に足を付けて商人として成功しつつあるカルマさんや、親の名前を利用せずに聖騎士にまでなったエイベルとはモノが違います」


 ストレートな称賛に戸惑うカルマと、その横で当然とばかりに満足そうなメリル。

 トリスタンは人好きする笑顔だ。エイベルの形だけで感情のこもらない笑顔とはまるで違う。


 要注意だなと、カルマは気を引き締めた。


「それでカルマさん。実は本日はお願いがあって参りました」


 ほらね。カルマは安心した。


「今、エイベルは本国の方に報告に行っておりまして。なので彼女には内密に会ってお話をしたかった」


 声を潜めるトリスタン。その表情に緊張が走る。


「これ以上、エイベルには近付かないで欲しいのです」

「残念ですが仕方ないですね。そうしましょう」


 答えたのはメリルだった。そしてカルマは心の奥で安堵(あんど)の息を吐いた。彼女を取られまいと必死なイケメン。

 トリスタン氏も可愛いところがあるみたいじゃあないか。




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