その01 夢と悪夢
それは、今にも泣き出しそうな空の下での出来事。
甲雲戦争終了間近、最前線の天幕での会話。たった十二人の軍団。『ノーディ戦闘魔術師団』での記憶。
「この戦争が終わったら、みんなはどうする?」
尋ねたのは団長だった。いつも通りへらへらと笑いながら、それてわいてその目は真剣だった。
「馬を連れて旅に出たいな。こんな戦場ばかりではなく、美しい世界を見て回りたい。補給隊の荷馬を貰う約束してるんだ。名前も『白浪号』って決めてある」
「年寄り荷馬には過ぎた名だな」
「年季が入っている分、我慢強く賢いのさ」
観測手のヘイツがまず答えた。遊牧民出身の、温厚な男だった。
「帽子屋だな。丈夫で長持ち、センスもいい。そんな帽子屋を王都に建てる」
守備兵のアインが手製の山高帽をいじりながら。団章をデザインし、全員の上着に刺繍したのも彼だ。
「アタシはその帽子屋さんのおかみさん希望です〜」
北部ハインラティア出身の通信兵ジェーンが、舌足らずに笑う。アインも微笑んで恋人を抱き寄せた。
「女だよ女! やっぱ運命の相手を探すべきだろ?」
「だよなー! こんな出会いもないむさ苦しい所じゃなくてさァ」
翼人のケインと、射手のベルが口を合わせる。その二人の背中を、大きな手が張った。
「誰が女じゃないって? ん?」
「え、エマさんは美人すぎるので!」「ちょっと俺たちとは釣り合わないかなァ」
大柄で顔に傷のある女守備兵エマ。その隣で紫蘇色の髪の美少女がクスクス笑う。
「二人とも、男らしいなぁ。ウチはシートランの実家に帰らせて貰います。良かったらエマもどない?」
「いいね、護衛として雇ってくれんのか?」
「今後ともよろしゅう頼んます」
シートランの上方訛りりで射手のキャロル。
「私も山に戻るよ」
蛮族出身で、副長にして魔術講師のヌイがタバコを詰めながら言う。
「わしも故郷に帰るかな。町も家族も全部燃えちまったから一から作り直しだが……アガスもどうだ?」
「悪くない」
最年長のオットーの言葉に、守備兵のアガスが珍しく返事を返した。
ノーディ団長が、残る一人に目を向ける。硬質の髪を持ち、オレンジの瞳の青年。
「カルマ、お前はどうする?」
「僕はやりたいことも無いからな……」
「なら、俺と来いよ」
ノーディ団長は、屈託無く笑いながら無精髭をしごいた。暗い目の成年は困ったように上司を見つめる。
「俺は商売を始めようと思うんだ。荷馬車に各地の名産品を積んで行商すんのさ。
カルマは頭が良いし目端も効く。きっといい商人になるぜ?」
「団長よりかはね」「どんぶり勘定の人と比べちゃいかんよ」
「あ、それならうちの帽子屋に仕入れに来てくださいよ〜」「なら、うちの山にも来てくれ」「わしの故郷にもな」
それは、もう失われた時間の記憶。幸せだった過去の夢。もう取り返しのつかない痛み。何もかもが遠い。ノーディ団長が。皆がまだ生きていた頃。
まもなく、争っていた公爵家同士での講和が取り決められ、甲雲戦争は終了した。
そして、終戦の直後、『ノーディ戦闘魔術師団』は解散を待たずして…………壊滅した。
「うう……っ!?」
カルマ・ノーディは毎夜の悪夢に脂汗びっしょりで起き上がった。
まだ周囲は暗い。野営の天幕の中だ。隣からは健やかな寝息。猫のように丸くなって眠るメリル少年。
あれから五年。長いようで短かった時間の流れ。
カルマは枕元の山高帽を手に取り、使い古されて所々傷んだそれを優しく撫でた。
メリルを起こさないように起き上がり、天幕の外に出る。途中で知り合った旅芸人たちと合同の野営地。周辺の結界はカルマが張った。
念の為、アガスが寝ずの番をしてくれているはずだ。カルマは月を見上げ、長年の相棒を探した。
「あら、眠れませんの?」
旅芸人一座の花形、妖艶な踊り子が月の光に照らされていた。
「私もです。少し、私の天幕でお話でもいかがですか?」
「いや……」
人恋しさと、ぬくもりを求める弱い心を、カルマは抑え込んで苦く笑った。今は、『いつものカルマ』を演じていられる気分ではない。
「不寝番の交代をせねばなりません。後ろ髪引かれるお誘いですが、僕は友を休ませねばなりませんので」
それでもカルマはキザに笑い、踊り子の手を取って口付けした。
「夜明けまでの時間、僕は貴女を想いましょう」
「まあ、余計眠れなくなりそうだわ」
手を振って踊り子と別れ、カルマは天を仰いだ。
「あーあ…………しんどいなぁ……」




