その07 『友達』
「カクタス、確認なのですが」
椅子に座って静かに待っていたカクタス。メリアの部屋から戻ったスィは、まずは推論をぶつける事にした。
「男爵の所に友達がいたのですか?」
「…………た、たぶん」
自信無さげに答えるカクタス。スィにはその理由が想像できた。
カクタスは『友達』という概念を知らなかった。つまり、その人物を友達だと認識したのは今日なのだ。
「もう亡くなっている?」
「…………?」
「死んでいますか」
カクタスは小さく、しかしはっきりと頷いた。スィは安堵の息を吐いた。
突然帰りたいと言い出すから何かと思ったら、そういうことだったのか。
スィはしばし考え込んだ。なんと説明するべきだろう。
「まず……別に、追悼の祈りを捧げるだけならば現場に戻る必要はありません。
その方が死んだ場所や、墓地に参る場合もありますが、多くは近場の教会でお祈りを捧げるだけで良いとされています」
墓を参りたいのが人情であるが、実際問題旅というのは簡単なものではない。
基本的に毎日歩き通しだし、路銀が無くては宿にも泊まれない。カルマのように馬車を仕立てようものならば、馬の維持費は人間の三倍かかる。
平和な時代であるとはいえ、未だに街道に強盗が出ることはあるし、知らない街では詐欺師にも狙われる。突如現れる魔物の動向も考慮せねばならないし、夜は邪神の眷族がうろついている。
ほとんどの平民は、生まれた村から外に出ない。そんな理由も金もないからだ。
「どうしてもというならばカクタス、少し時間を頂きます。男爵の領土に今すぐ戻ることは簡単ではありません。
なぜなら私もメリアさんも、その男爵の名前も知らないからです」
そう伝えながら、スィの脳内は高速回転していた。
メリアのコネ、商会のコネ。両方から探れば最近取り潰しになった男爵を探すことは可能だろう。
しかし、カクタスの個人的要件でメリアや商会の手を煩わせることをスィは好まない。
少し遠回りになるが、カクタスを紹介してきた口入屋を締め上げるのが良かろうか。
「それにカクタス、あなたは学ばなければなりません。常識や文字を知らず、満足に話せないあなたを旅に出すのは許可できません」
まあ、実際に行くとなったら一人では行かせないのだが。
それでも、今のままで遠出をするのは危険過ぎる。迷子になったら二度と帰って来れないだろう。
「…………はい、あ、あの……教会?」
「教会は近くにあります。今日は都合が悪いので近い内に行けるよう手配しましょう。その前に、お祈りの手順や作法を学ばねばなりません」
「はい」
この町は、領主の館があるほど大きくはないが、程々の規模がある。
商店が立ち並び、人通りも少なくない。カクタスにはやはり一般常識を教えておかなければ。何をやらかすのか分からない子供を連れ歩くのは難しい。
メリアに言って、カクタスを教育する機会を設けるべきかもしれない。
スィは脳内で自分の仕事を整理した。最近は仕事が立て込んでいる訳では無い。毎日昼間に半刻(一時間)以上の時間を捻出することは可能だろう。
その時間をカクタスに当てて、教育を行っても良い。メリアが許し、カクタスが望むのならばという条件付きだが。
「そういえばカクタス。『友達』の名前は分かっていますか?」
「…………」
頭を振るカクタス。つまりその『友達』もカクタス同様に虐げられるのが仕事だった可能性すらある。
「背格好や性別は?」
「おとなの……おんなのひと」
「…………大人の女性?」
全く想定外の言葉が出てきてスィはオウム返しに尋ねてしまった。カクタスの友人だというので、てっきり男の子だとばかり思っていた。
しかし、大人の女性? スィは嫌な予感がした。
もしもスィの想像通りならば、何としても例の男爵を見つけ出す必要がある。
そして、当時の使用人を見つけて締め上げ、その女性の身の上を調べねばならない。当然、葬られた場所もだ。
十中八九、身寄りのない者を葬る共同墓地にだろう。それでも、場所くらいは探さねば。
恐らく厄介な探索行になるだろう。カクタスの教育も進めなければ。
…………そこまで考え、スィは一度冷静になった。
まだ、ただの可能性だ。カクタスに確認しても分かるものでもない。きっと違う。
「どんな方でしたか?」
「ぼくを……カクタスって、よんだ」
これは、確定では?
誰からも名前で呼ばれない少年を、ただ一人だけ名前で呼んだ大人の女。
スィは震える声で最終確認をした。
「髪の色は」
「? …………おなじいろ」
自らの髪の毛を示すカクタス。スィは天を仰いだ。
男爵を探さなければ。急いで、確実に。
しかし、カクタスには何と言う? その女は『友達』などではないと伝えるのか?
母か姉か……きっと彼女はお前の親族だろうなどと。




