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冒険商人 カルマ・ノーディ の物語  作者: 運果 尽ク乃
【カルマ・ノーディの物語】  第二話

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その06 『英雄領主リディオ』殺し



「…………アタシはリディオを殺せたんだろうな」


 スィが退室した後、メリアは暗い自室で独りごちた。

 目の悪さを理由に、メリアの書斎は常に暗い。


 英雄譚のリディオは『徳』という言葉を具現化したような英雄だ。仁義・礼節・忠信の男。常に正しいことをして、誠実で節度を保ち人を導いて、一人の女を一途に想い、称賛を浴びる。


 メリアの知るリディオは、ちょっと抜けたところのあるお人好しだ。剣も魔法も特別優秀ではなかった。

 良く言えばオールラウンド、悪く言えば器用貧乏。


 騙されやすく、それでひどい目にあっては笑っているような男で、彼の仲間たちはいつも文句ばかりだった。

 チームのリーダーという訳でもなく、勝手に動いてはよく顰蹙(ひんしゅく)を買っていた。


 それでも、リディオの四人の仲間は彼のことが好きだった。

 陰のある、斜に構えた連中ばかり四人も集め、全員に分け隔てなく接し、彼らも彼らでリディオ相手になら幾らでも素が出せた。


 いいチームだったと、メリアは思い出して苦笑した。リディオたちは、メリアたちにとってライバルみたいなものだった。今ではいい思い出だ



 【カルマ・ノーディ】で描かれたリディオが受け入れられた事で、吟遊詩人の歌う英雄譚にも変化が出た。実物に近くなったなと、メリアは思う。

 だが、あの人にナメた口を利くエズルだけは絶対に許せん。嫌い過ぎて【カルマ】にも登場させないと決めている。

 

 近頃、『英雄領主リディオ』の英雄譚はほとんどの場合、クジャン族という蛮族の集落が焼かれる所から始まる。

 これは彼の交友の広さと分け隔てない人間性を示すとともに、リディオの右腕となる蛮族の女戦士エズルの背景説明にも繋がるからだ。


 そして、彼らの宿敵となる男と、周辺国を震え上がらせたドラゴンゾンビを描くのに必須の描写であり。

 さらに言うならば終盤の見せ場の下準備でもある。


 宿敵は、クジャン族の出身ながら力を求めて邪神に傾倒し、故郷を裏切り卑劣な騙し討ちで守護龍(クジャン)を殺した。

 それだけに飽き足らず、邪神の魔法で守護龍(クジャン)の死体を操り、多くの戦場で暴れ回るのだ。


 裏切り者を追いかけるのがリディオの物語の軸となる。

 その流れで、邪神信仰が帝国上層部に食い込んでいることを知り、戦争にも参加する事となる。


 時には戦場を駆け、時には邪神信仰者たちの陰謀を追うのだ。分かりやすい復讐と冒険の物語である。



 だが元々の『英雄領主リディオ』は恋物語として描かれていた。


 そもそもリディオは甲雲戦争で領主を失い、領土を奪われた貴族の郎党だった。

 貴族の妻は領土を奪った悪徳領主の(めかけ)にされ、娘は修道院に監禁される。


 リディオは大恩ある貴族のために剣一本で成り上がり、最終的には例の娘と結ばれる。


 ここをフィナーレとするために、リディオは十年以上一途に娘を想い、事あるごとに彼女のためにとか何とか言い出す。

 しかし聞き手にとってはその娘なんてどうでもいい。最終的に手に入るトロフィーの一つに過ぎない。


 大笑いだ。


 メリアは、リディオの妻を思い出す。面白い女だった。彼女の事なら書きたいくらいだ。

 修道院を抜け出して、傭兵の真似事をしていた姿を思い出す。リディオと再会した時も、お互いに「なんでいんの?」「久しぶり、生きてたんだ?」位の軽いものだった。


 功績を讃えられ領土を貰える話になった時も、辞退しようとするリディオの尻を叩いて無理矢理受け取らせた。守護龍を失ったクジャン族を筆頭に、リディオを慕うも行き場のない連中の居場所を作るために。

 周辺の他の貴族を黙らせるために、リディオを婿に取って政治は一手に引き受けた。


 仮面夫婦だとか笑ってた癖に、子沢山で幸せそうだった。

 問題があるとすれば、若い頃のお転婆を歌われると、イメージが崩れると本人が気にしていたこと位であるが、彼女ももう死んでいるのだ。勝手に書いても文句は出まい。




 しかし、『英雄領主リディオ』の物語をわざわざカルマの視点で描くのは違う。

 そんなもの、メリアは書きたくないし、そもそも世の吟遊詩人どもが勝手にどんどん作っている。


 例えば、リディオの物語の中盤に、邪神信仰者が潜む古代遺跡に侵入するシーンがある。

 元々は名前もない冒険者が道案内をし、当然活躍もせずに別れる。


 だが、最近の英雄譚では様子が違う。

 案内するのはクジャン族ともリディオとも親しい冒険商人カルマとなり、ゲストながら華々しく活躍し、遺跡内で邪神信仰者どもを翻弄(ほんろう)、殺さずに縛り上げるのだ。


 同様に、終盤で活躍するパターンもある。


 裏切り者と、邪神信仰者、そしてドラゴンゾンビに囲まれて絶体絶命味方軍を、横から飛び込んできたリディオと仲間たちが蹴散らすシーンは昔からの見せ場である。


 未練清算人(ソウルテイカー)ミハエルの呼び出した霊魂龍クジャンと、クジャン族の霊魂戦士達が戦場を駆け、ドラゴンゾンビを焼き尽くし、敵軍は潰走(かいそう)、裏切り者を追い詰める。

 このシーンに、しばしばカルマたちが参加しているのだという。


 リディオの物語で、カルマは活躍している。他の物語にも、しばしばゲストとして登場する。

 吟遊詩人の強みは、物語をその日その日で変えられることだ。


 そして、そうやってカルマが様々な物語で活躍し、広く知られる事こそがメリアの望みのはずだった。

 メリアの一番大切な人が、老若男女に愛される。


 最高だ。最高のはずだ。最高のはずなのに。

 ……………………なのに、この虚しさはなんだろうか。


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