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冒険商人 カルマ・ノーディ の物語  作者: 運果 尽ク乃
【カルマ・ノーディの物語】  第二話

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その05 彼女の末路


「…………メリア様、問題が発生しました」

「スィか」


 こころなしか青ざめたスィの訪問に、メリアはすぐにカクタスの事だろうと目星をつけた。

 また何か、あの少年が面倒なことを仕出かしたのだろう。


「何をしたんだい?」

「『男爵の元に帰りたい』と言い出しまして」

「ほう!」


 これはまた想像の外を行く。メリアは面白くなってきた。そしてきっと、カクタスのことだ。なぜなのかは説明できていないだろう。

 カクタスが男爵の下で虐待を受けていたことは想像に易い。もちろん、その生活しか知らなかったカクタスが、虐待だと理解していたかというとそうでもないだろう。


 だが、このメリアの屋敷での一週間にも満たない生活で、自分がどんな環境下に合ったのか、自分と周りがどれだけ違うかを認識したはずだ。たぶん。

 カクタスが自分からほとんど話さず、かつ普段からだいぶぼんやりしているのでそうとは言い切れない部分もあるのが問題だが。


 カクタスが自分の意志で何かをしたがることは多くない。自分の意志を通すことを、わがままを言うことをよくないと考えている節がある。

 であるから、今回のことも単純に額面通りに受け取るべきではないとメリアは考えていた。


「理由は聞いたかい?」

「あ、いいえ……頭に血が上っていたようですね」


 スィの優秀さを、メリアはよく知っていた。そして、スィの弱点も心得ていた。

 恐らくスィは男爵の話の前に心乱されるようなことがあったのだ。例えば、人間関係の質問をされたとか。


「任せても平気かい?」

「そ、それは……」


 珍しく歯切れの悪いスィ。カクタスに苦手意識があるのだろう。初日も、つい先日も、感情的になっていた。

 ならばちょうどいいと、メリアは意地悪く笑った。


 スィの両親とメリアは知らない仲ではない。大切な娘を預かっているという自覚もある。

 いや、仕事は完璧でも家に帰るとだらしなくデロデロに溶ける娘を心配する気持ちはよく分かる。住み込みで家事はコーに任せて、常に完璧でいられるなら、スィも楽なものだろう。


 だが、ニガテをそのまま放置する訳にも行かない。

 メリアはもう高齢だ。いつ死んでもおかしくないという自覚がある。そして、スィが結婚適齢期を過ぎていることに、誰よりもメリアが焦っていた。


 他の誰が何と言おうと、メリアは独身を貫いたことに後悔はなかった。愛する人がいたが、結ばれなかった。それだけである。

 だがスィは違う。愛も恋も知らない。ただ口下手で、心の機微が分からなくて、人間関係が面倒くさくなったから結婚とかどうでもよくなっているだけだ。


「今日は先生が来るからね、アタシはそっちの相手だ。それともスィがしてくれるかい?」

「冗談ではありません」


 今日は医者が往診に来る日だ。近くの街からえっちらおっちらやってくる先生は、悪い人間ではないがスィとの相性が悪い。

 仕事が適当で、何でもズボラで、ルーズで、叱られてもヘラヘラ笑っているような男だ。


 スィとは正反対である。


 医者はメリアを問診し、お茶を飲みお菓子を食べて、場合によっては食事もして、長々と雑談してから帰っていく。

 メリアは湯水のように飲むが、そもそもお茶は高級品で庶民が日常的に飲むなど不可能である。


 その上マルーの料理は味が良く栄養もある。問診もそこそこに飲み食いする姿にスィは嫌悪感すら抱いている様子であった。

 マルーと自分が見ているのだから、医者など必要ないとも考えているのだろう。


「所で、どうして帰る帰らないの話になったんだい?」

「はい。直前までは『友達とは何か』『死者にどう向き合うか』という質問に答えていました」


 メリアは表情に出さなかった。どちらも自分に関係がある。というか、友達の件は完全にメリアが言い出したことだ。

 カクタスは友達というものを知らなかったのか。下手を打ったなと、メリアは内心で頭を掻いた。


「【カルマ】の二巻を読んだからだね」

「カクタスは文盲なのでは?」


「アタシが読み聞かせた」

「それは……贅沢ですね。私も聞きたい位です。裏話や事実も含めて」


 メリアは苦笑した。そんな面倒はしたくない。というか、文句と愚痴ばかりになりそうだ。


「しかし、山の話を読んでもらったのならば、友達はともかく死者の話は納得いきます。あれは死者を弔う事の話でしたし。

 そういえば龍の女(クジャン)があの場に居るのも、『いずれ弔われる側』だからでしょう? この先の話で書かれるのですか?」


 メリアが【カルマ・ノーディ】の続きを書きあぐねていることは、屋敷の全員が知っていた。

 これはスィなりの気遣いなのかもしれないが。


「……【カルマ】ではその話は必要ない」


 冷たく固い声に、スィが表情を引き締めた。余計なお世話で、メリアの機嫌を損ねたと気付いたのだ。


「そうですか」

「うん。それは、リディオの英雄譚で描かれてるからな」


 それ以上の言葉は必要なかった。

 スィが頭を下げる。これ以上この場に留まるのはメリアの勘気を買うだけだ。


「それでは失礼致します…………お陰様で、見えてきた気がします」

「あ?」

「カクタスの論理展開が」


 その言葉に、メリアは強張っていた頬を緩めた。



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