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冒険商人 カルマ・ノーディ の物語  作者: 運果 尽ク乃
【カルマ・ノーディの物語】  第二話

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その03 パンが好きです


「バターとか要らないのか?」

「ばたー……?」


 ふかふかのはずのパンにかぶりついて、カクタスは目を白黒させた。

 メリアの屋敷で一番最初に食べさせてもらったのがパンである。


 パンの味や色は小麦粉の配合で決まる。一般的に流通しているのは保存食も兼ねた固パンと黒パンであったが、メリアの屋敷では毎朝白パンを焼いていた。

 白パンは羊の毛のように柔らかく、口に入れるとほどけるように溶ける。ほのかな甘みと香ばしさで、主に貴族の食卓に上がる。


 メリアは近くの農家から直接小麦を買い入れ、パンを焼かせている。基本的に農村は周辺を支配する領主のもので、そんな勝手は許されないものなのだが、メリアは貴族を黙らせる手段には慣れていた。


 さて、カクタスはフワフワでふかふかのパンを期待してかぶりついた。しかし実際には表面は炙られて適度にカリカリで、内側は水分が残されふんわり。いつも以上に香り立っていた。そう、期待以上だったのである。

 そこに、先程の言葉である。マルーは手のひら大の壺を差し出した。中身はバターだ。


 不思議そうに小首を傾げるカクタス。マルーは小さじでバターをすくうと、カクタスのパンに、塗りたくった。

 不安な顔をしながら、小さくかじるカクタス。その目が輝く。


「そうかい、パンが好物かい」

「……は、はいっ!」


 激しく頷いて一枚目を平らげると、カクタスはつばを飲んで皿の上のベーコンと睨み合った。


「肉や魚は食ったことないのかな」

「無いだろうね。マトモな食事を貰っていたかも怪しい」

「お屋敷のお食事はマトモどころか貴族にも負けないレベルでしょうけどね」


 メリアと二人での食事では、メリアの指示で消化に良いものを少量ずつだけ食べてきた。カクタスにとって人生初の肉である。

 カクタスは警戒しながらベーコン片を摘むと、匂いを嗅いでから目を閉じ、人思いに口に入れた。


「…………!?」

「美味いか?」


 ぶっきらぼうながら、マルーの声には自信が溢れていた。実際にベーコンはよくできていた。塩も適度に抜かれて、燻製(くんせい)の芳香が鼻をくすぐる。火加減もベストで、表面には香ばしく食欲をそそる網目状の焦げ目が付いていた。

 しかし、残念ながらカクタスは青い顔でミルクをあおった。口の中に広がる獣臭と脂、そしてぐんにゃりした食感に耐えきれなかったのである。


「…………っ」

「…………気にすんな、好き嫌いはある。メリア婆さんも肉は食わないしな」


 その後も食事は和やかに進んだ。食べるのが遅いカクタスが食べ終わるまで、全員席から離れずに談笑しながら待っていた。

 カクタスは大勢での和気あいあいとした食事に、少なからずの居心地の悪さを感じていた。





「あ……えと」

「悪いけど、俺今日は大工さんの手伝いに行くんだ。またな!」


 食後にヘンを呼び止めようとしたカクタスだったが、準備を急ぐヘンに遠慮して何も言えなくなった。

 手早く食器を片付けて、家事に移るコーとマルー。カクタスは少し困った後に一人食卓に残りなにやら木板や手紙を広げるスィに近付いた。


 長身の秘書はカクタスを一瞥(いちべつ)し、体ごと向きを変えた。目力(めぢから)がすごい。カクタスは尻込みした。


「何か御用ですか?」

「あ、あ……」


 カクタスが口の中でゴニョゴニョ言うのを、スィは静かに待った。動物と同じだとメリアに言われたのを思い出しているのだろう。


「…………」

「…………ひっ」


 切れ長で、まつ毛が長い双眸(そうぼう)。スィの両親は揃って美形だが、スィ自身も美女である。

 彼女の問題は性格であり、四角四面で杓子定規。融通が利かない上に威圧感が強い。


 誰に対しても平等に扱う。話をする時は目を見て話す。それが相手を威嚇(いかく)しているとは露にも思わない。

 …………だが、この時は奇跡的にもその可能性に気が付いた。


 スィの母親は猫を飼っていた。野良猫にも餌をやって懐かせていた。

 縁起が悪いとされる黒猫も「お父さんそっくりでしょ?」と積極的に可愛がった。スィはよく、猫に怖がられた。睨むようにじっと見つめるのが怖いのだと母親にはたしなめられた。


「私はお喋りは下手ですが、何かあるならどうぞ」

「…………」


 席を譲り、スィは作業に戻った。

 メリア宛の手紙と、畑や領主からの要望書、請求書の類の整理だ。隣の席にちょこんと座るカクタスもぞもぞと落ち着かなそうな動き。


 スィは沈黙が嫌いではない。父親は寡黙(かもく)な人で、本当に、必要なことしか話さなかった。そんな父親との時間は心地よかった。無理してしゃべる必要もなく、互いに尊重して黙っていていいのだ。スィはしゃべることが得意ではなかったから、そういう時間が大事だった。


「あ…………あの」


 横で、カクタスがスィの手元を見ていた。何かを知りたいなら、力になれるだろう。スィは事務だけでなく様々な教養を学んでいる。


「ともだちって……なに?」

「と友達ですか……?」


 それは、スィも知りたいものだった。



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