その02 寂れた街と着痩せする女
「まさかここまで何も無いなんて……」
敗北感に打ちひしがれるメリル。レブカの街は元々は炭坑の街だった。
しかし掘り尽くされた炭坑は閉鎖され、住み着いてしまった住人たちは糊口をしのぐために痩せた土地を開拓し、石材を切って暮らしていた。
街の雰囲気は暗く、明らかに景気も悪い。
手紙を届けた老婆には礼を言われたが、薄い壁の小さな家に複数人の老人が身を寄せ合って暮らす貧しい家だった。お礼を何かと言い出す老婆であったが、カルマは丁重に断った。これにはメリルも文句を言わなかった。
「色々見て回りましたが、この街での商売は厳しそうですね」
うらぶれた宿は、値段の割に掃除も行き届かず食事も簡素なものだった。
カルマたちの中で目利きはメリルの役割である。最年少ながらもこの少年は物の価値を見抜くことに長けていた。
逆に言うと、カルマたちの荷物は高品質の品物が多いということになる。この街では高価で高品質な商品が売れるとは思えない。
「僕も見て回ったけれど、若い女の子が全然いないんだ」
「…………」
「あれ? メリーくん、何も言わないの?」
「メリーじゃなくてメリルです。老人ばかりで働き手がみんな出稼ぎに出てるって話ですよね?」
メリルの答えにカルマは頷く。年老いて、緩やかに死んでいく街だ。メリルにはそう見えた。
「ここから移動するにも、カリュオの街以外に道もないですし、せめて帰りの積荷くらいは確保しないと」
その隣町カリュオまでは、山を迂回して片道二日半だ。
「せめて街道が整備されていたらなぁ。この辺りは魔物も山賊も出るんだぜ?」
「どこ情報です?」
固くてパサパサした黒パンと、味の薄い豆と山羊乳のスープ、ピクルス数切れという、野営のように質素な食事。
その上カルマが頼んだエールは、水増しされたように薄くて味気ない。
同席しているアガスは会話に加わる事もなく黙々と食事を口に運んでいる。
「カリュオの酒場の掲示板。ホリィクラウンの聖騎士からの人員募集だから信憑性は高いね」
「そんな危険な場所に無報酬で来たんですか!?」
「そんな危険な場所だからだよ。女の子が自分で届けるわけにもいかないだろ?」
多くの酒場では、冒険者などと自称する流れ者や傭兵、ならず者のためにしばしばそういった依頼が張り出される。
もちろん偽依頼や嘘の報告もあるため、食い詰めものでなければ飛び付かない。
「街道の山賊や魔物が居なくなれば、開拓民を呼び寄せて林業に転向することもできるだろうし、もう少しやりようがあるんだろうけれどね」
「でも、街道は片道が二日半ですよ? この距離がネックですよね」
「それが、半日で行ける道があるんですよぉ」
突然、隣の席にいた女が席を寄せてきた。
長いストレートのブロンドを背中で束ねた、おっとりした女だ。まぶたが分厚く半分眠ったような目、大ぶりの口は微笑みの形。
「おや、こんな美しいレディに気付かなかったとは、このカルマ・ノーディ一生の不覚。
むくつけき男ばかりで寂しい食事をしていた所なのです。よろしければご一緒にいかがですか?
あなたという美しい華があれば、この味気ない食卓も貴族の晩餐にも勝るというもの」
「あはは、お上手ですねぇ、それではご相伴に預かっても?」
二十歳前後だろうか、女は一人だった。質素ながら清潔な旅装。旅人なのだろうが、若い女がこんな場所に一人で? メリルは不審に眉根を寄せた。
「それで、半日で行ける道とは?」
「せっかちだなメリーくん、レディにモテないぞ?」
「メリルです。モテなくて結構」
その間に、酒を頼む女。メリルは口を開くもの事を我慢した。これは情報料だ。必要経費だ。本当に? たぶん。
「迂回路ではなくぅ、山を突っ切る山道があるんです」
「山賊も魔物も、そちらに出るということかな?」
「はぁい」
間延びした声でにこやかに答える女。
山道は過酷かもしれないが、驚くほど時間短縮になる。その道が使い物になるのならばレブカの街も復活の見込みがある。
「それでぇ、一つご相談なのですがぁ」
「レディの頼みとあらば、なんなりと」
内容を聞く前に快諾するカルマ、しかしどう考えても厄介事だ。
「明日中にカリュオの街に行きたいんですけどぉ」
「山賊も魔物も手に負えません。断りましょう」
メリルの言葉に被せるように、女がコインをテーブルに置いた。燭台に照らされ燦然と輝く黄金。
金貨だ。
高級貨幣である金貨は銀貨百枚分の価値がある。ここの宿代は荷馬の白浪号と荷馬車の預け料も含めて銀貨二十枚。
明日中にカリュオに戻れるならば、この三日間の無収入による損失を埋めて余りある。
「危険すぎます。生命には代えられません。他を当たってください」
それでも、メリルは堅実であった。
「あはは。頼みたくても他に旅人がいなんですよねぇ……ダメ、ですかぁ?」
「もちろん……あ、いや……ええと」
しなだれかかる女。ふくよかな胸が押し付けられて、カルマは二つ返事で頷きかける。
だが、反対側で目を三角にするメリル。道中の約束を思い出してぎりぎり踏みとどまる。
「そちらは前金で、成功報酬にもう一枚のつもりなんですけどぉ」
「早く言ってください。あ、給仕さんおつまみを一皿とお酒のおかわりをお願いします」
危険手当、人件費、今後の元手、アガスの実力、カルマの逃げ足。
メリルの中で採算が合った。瞬間にこやかに頷き、態度が豹変する。
カルマは安堵の息を吐き、女の腰を抱き寄せた。
「ところでレディ、自己紹介がまだでしたね。僕はカルマ・ノーディ。お名前をお聞きしても?」
「エイベルと申しますぅ」
するりとかわすエイベル。着痩せするタイプだ。しかも身持ちも固い。大変結構。カルマは頷いた。