その01 あなたは神さまなの?
「なにか感想はあるかい?」
二巻目を読み終えた老女メリアは、書いた当時のことを思い出して苦笑いした。
【カルマ・ノーディ】が大反響で、続きを求める声が多数あがるなんて想像もしていなかったし、感想のお手紙もたくさん
貰った。
羊皮紙は高価で、平民の識字率は低い。しかし驚くべきことに、手紙をくれたのは貴族だけでなく平民からもであった。
ある程度大きな街ならば、物語という娯楽はいつでも得ることができる。酒場には上手い下手は問えないが吟遊詩人がたむろし、銀貨の一枚で高らかに歌ってくれるものだ。
しかし、農村などの小さな村落には、語り部は村のご老人となる。聖冠教会の司祭が、聖人の逸話を交えたお説法をすることもあるが、娯楽とはいい難い。
大量印刷された安い本は、普段本など必要としない人たちまでが手を出すほどの魅力があった。
どれ一つと買ってみた田舎の教会が、村人や子供たちに読み聞かせをして大盛況だったとか、修道院で皆でお金を出し合って買ったとか。思わぬ読者からの手紙が多かった。
もちろん、ファンレターだけではなく、誹謗中傷や的外れな罵倒の類、批判や非難も送られてきた。
メリアはそれらを余さず読んで、うるせぇ黙れと怒り狂った。こちとら直すつもりの第一稿を手直し無しで印刷されたんじゃい!
続編を書くつもりではあったけれど、売れなきゃ二巻は書けまいと、カルマの過去のほのめかしや、エイベル回りの取り扱いは本当は変更する気だったのだ。
でも、本になっちゃったなら仕方ないよね?
反響が大きかったので、メリアは得意になって二巻目を書いた。一巻目よりも、書きたいことを明確にした。
つまり『迷えるカルマと、若いメリアの関係性』『皆が知ってる英雄の、強いだけではない姿』だ。
クジャンの事を思い出すと今でも胸に痛みが走る。だが、だからこそ彼女たちのことは書きたかった。
メリアは棚に置かれた飾り箱を一瞥する。結局手放せずに、手元に残った彼女の鱗。
英雄領主リディオの若い頃を書くのもすぐに決まった。クジャンを書くなら、彼らを書かない理由がなかった。仲間全員を出す必要はないから、二人だけに絞ったけれど。
「あ……あの、め、メリアさまは、かみさま……ですか?」
「は!? お前なに考えたらそんな感想になんだよ?」
「ひっ」
カクタスの感想はメリアの想像していない類のものだった。
過去との決別とやり直しの話をしていた以上、カルマが何をしたのかとか、ならず者もやり直せたのか、そういう疑問が出るのかと思った。
それが、なんだって?
「アタシが神さまに見えるって? 癇癪もちで短気なクソババアだよ!? お前、一日何回怒鳴られてるんだい!」
「も、もうしわけありません……ば、ばつは……えと……その……」
「あー…………よし我慢した。偉いね」
罰を与えろと言い出すのをやめさせてもう三日だが、ようやく慣れてきたようで、メリアはため息を吐いてカクタスの帽子を撫でた。
コイツにいくら怒鳴っても無駄。というか、コイツを人間らしくするにゃ怒鳴りつけては逆効果。
分かっていてもつい怒鳴ってしまうのだ。メリアは毎日反省している。
「アタシゃただのババアだろ?」
「み。みまもって、みちびいてって……」
ゴニョゴニョと口の中で呟くカクタス。メリアは何のことか分からなかった。少し考えて、ようやくそれがメリルが龍の女を評した言葉であったと気が付いた。
前に進めないと評したカルマの道を、メリルが照らしてあげれば良いと龍の女は言った。
カクタスはメリアを、作者のことを『カルマを導くもの』であると考えたのだろう。メリアは笑った。苦々しく。
残念ながら逆だ。
「違うよカク。アタシゃ悪党だ。ならず者さ。カルマの苦悩も、後悔も、全てはアタシの手の平の上。
神さまなんかじゃない。むしろカルマに苦しみを与える張本人なんだ」
カクタスは真っ赤な目を飛び出さんばかりに見開き、しかしすぐに猛烈に頭を振った。
「あ、えと……わ、わたし? ぼく?」
「?」
手振りを加えて何かを伝えようとするカクタス。彼が自分から何かを言おうとしてくる事は非常に稀だ。
メリアはふむと小さく唸って様子を見た。否定するにしても最後まで聞いてやるべきだった。
「ぼくを、みちびいて……?」
「ああ……そういう。そりゃアタシの書き方が悪かったかな? ガキを見守り導くのはオトナの義務さね」
「…………??」
家族を守るのは大人の仕事だ。これは当然の、あるべきことだ。昔の、もっと若い頃のメリアはこの言葉を鼻で笑っただろう。
そして、カクタスには理解できない理論だろうとも思う。
カクタスは、誰かが守ってくれるような世界に住んでいなかった。
周りの大人は、カクタスを欲望のはけ口か何かとしか扱ってこなかっただろう。であるならば、守ってくれる存在を神の如き何かと誤解してしまうのも頷ける。
「お前は、思ってた以上に危険だな」
「?」
「いや、なんでもねえ」
気を付けねば。メリアは舌を巻いた。
危険なのはカクタスではない。カクタスの育て方を間違えると、簡単に依存し、思想に染まりかねない。
恐らくは善悪の概念すら曖昧だ。本当に怒鳴るのをやめねば。カクタスが、誰でも怒鳴りつけるような大人に育ってしまう。
「あーあ、スィのこともうちっと真面目に見ときゃよかったなぁ」
「…………」
「ん? ああ、スィはアタシの友達の子供でな、おしめ替えたこともある」
「…………ともだち?」
不思議そうに返されて、メリアは苦笑した。
「アタシにだって友達くらいいるんだよ……カクにもヘンがいるだろ?」
「…………?」
言葉の意味が理解できなかったのか、カクタスは瞬きして、小首を傾げて、少し悩んでからゆっくりと頷いた。
きっと言われるまで、ヘンが友達だと気付いていなかったのだろう。




