その09 歩く道とことの終わり
「いだい、あづいぃ……助けて、助けてくれ……」
「カルマは残酷だな、人思いに殺してやれば良かったものを」
右手が半ば炭化したエブを笑いながら、龍の女の口調は満足げだ。
クジャン山の八合目あたりに、平らで開けた土地があった。獣避けの柵におおわれ、木とレンガの家が二十軒ほど並んでいる。
それがクジャン族の集落だった。
クジャン族は高山植物と狩猟で日々を過ごしている。集落の中心には湧き水があり、荒れた土地もその周辺だけは緑に栄えていた。
ならず者たちを縛り上げたカルマたちは、空中で様子を見ていた龍の女と共に集落までやって来た。
リディオとクロウラも一緒である。
「しかし……上位龍とはな」
ドラゴンは、世界を作った六龍の眷族である。六龍に似た強大な生物が下位ドラゴン。
言葉を操れる知的で古いものを上位と呼ぶ。
龍の女は上位の火口龍である。
ヴァルカンはスタンダードな形のドラゴンで、煮え立つ溶岩色の鱗、四足で翼を持ち、長い尾と角を持つ。狼に似た頭部で、溶岩の奔流を吐く。
体長は10メルト以上。火山に住み、火口で生まれて溶岩を揺りかごにする。性格は様々、クジャンの龍のように人々を守護するものもあれば、生贄を要求する暴君も存在する。
しかし、自らを信仰するものに溶岩を操る魔法を授けるため、山岳蛮族の信仰は絶えない。
後にリディオの代名詞となる『溶岩鋼の剣』は、友好の証としてクジャン族から贈られることになる。彼の右腕として戦場を駆けた女戦士エズルも、クジャン族の出身だ。
「これからどうするんだ?」
「あ? クズどもから金を毟れなかったしな、どうすっかな」
再びドクロの面をかむり、素顔を隠したクロウラに、未来の英雄は尋ねた。
エブたちはこの後、ムスカの街の治安当局に突き出される。彼らの財産は当然没収され、遺族に分配されるだろう。あの遠眼鏡も、本来の持ち主だった老商人ワンズの孫娘に返される。
そうすると今回の報酬はない。強盗捕縛で懸賞金かなにかが貰えればいいのだが。
「クジャン族からは何も貰わないのか?」
「家族が死んだらその後の生活は難しくなる。気持ち以上は貰いすぎだ」
ケッ、と喉を鳴らすクロウラ。リディオは笑ってその背中を叩いた。
「お前いいヤツなのに、なんで腐肉芋虫なんて名乗ってんだよ」
「オレが来るってこたぁ、身内の不幸の報せが来るってぇ……痛えやめろ馬鹿力か!」
振り払うクロウラの背中をリディオは当然のように追いかける。
「俺には天使に見えるがね。優しく厳しい伝達者。家族の最期を知れるなら、やはり教えてほしいもんな」
「…………」
「今から天使って名乗れよ」
「は? 嫌だ。ぜってー嫌だ」
本気で嫌がるクロウラ、いやミハエル。だがリディオが嬉しそうに笑うと、強くは言えない様子だった。
「じゃあ勝手に呼ぶ。よろしくな、ミハエル」
「よろしくじゃねーし、つーかお前着いてくる気か? やめろよ暑苦しい!」
「いーじゃん? 旅は道連れ世は情けだろ? ミハエルの道連れに、死者だけじゃなくて俺も入れろよ」
「冗談じゃねぇ、ミハエルでもないし、やめろ! やめてくれ!」
英雄領主リディオには、非常に美しい外見ながら毒舌で皮肉屋の参謀がいた。その名はミハエル・クロウラ。
ミハエルは天冥戦乱でリディオが戦死するまで彼を支え、その死後は彼の領土を守るために尽力した。老齢であるが、現在も生き残る偉大な英雄である。
「それにしても小僧、先程の説得は良かったぞ。カルマにも言ったが、『弔いは死者ではなく生者が歩き続けるためのもの』だ」
「カルマさんに?」
龍の女に抱き寄せられ、柔らかな身体にドギマギしながらもメリルは尋ねた。
カルマが誰を弔ったのだろう。メリルは思い出す。昨晩はこの女が突然現れて聞けなかったが、ここに来たのは私用だと言っていた。
「前に来た時、カルマさんは誰かの遺品を?」
「馬鹿な男さ。責任のない死まで無闇に背負って」
それは、メリルも時々思っていた。カルマはいずれ来る『報い』を恐れていると同時に心待ちにしている節がある。
あのならず者たちに、きっと自分を重ねていた。だから復讐を肯定し、彼らの末路を目に焼き付けようとしていた。
同時に、震えるほどに怯えてもいた。
「カルマさんは……歩けているんでしょうか」
「いいや」
龍の女は上位存在らしく、厳しく無慈悲に切り捨てた。
「あれは、倒れてないだけだ。アイツの心は三年前から一歩も前に進んじゃいない。
振り返ることも倒れることも許せないだけさ」
カルマが何を背負っているのか。カルマが何を見てきたのか。龍の女は知っているのだろうか。それとも、知ったような口をきいているだけなのだろうか。
いつか、ボクにも話してくれるのだろうか。メリルは言いようのない寂寥感に胸を詰まらせた。
「小僧は灯りだ」
「…………はい?」
「あの馬鹿たれの道を、照らしてやれ」
「……………………はい」
この女は、なんだかんだやはり神なのだ。人を見守り導く存在なのだなとメリルは思った。
「やあやあメリーくん! こちらは素晴らしい取引だったよ! もっと定期的に来よう。ちょっと、想像よりも儲けが出そう」
クジャン族の女性の肩を抱いて、逆の手には火酒のジョッキを持ち、カルマは大満足だった。
「いやぁ、これ以上は別料金でなきゃもっと最高なんだけどね」
「料金制なんですか……? フケツ」
「おカネじゃないよ? お婿に貰うだけね〜」
にこやかに笑いしなだれかかる女性。カルマの鼻の下は大いに伸ばされている。
「ダメじゃないですか!」
「そうなんだよ」
大いに落胆するカルマ。彼は商人で、商人として生きることでどこかに進もうとしている。
それを導ければいいと思うのは、メリルの傲慢だろうか。
「それはともかく、リディオくんとクロウラくんを連れてきてくれ」
「何かあったんですか?」
「龍の女が今回の報酬に、鱗を一枚ずつくれるってさ」
「最高じゃないですか!!」
ドラゴンの、特に上位の鱗は鉄より硬く非常に軽い。武器としても防具としても最高品質の素材で、魔法の媒体としても扱える高級品だ。当然市場価値は目玉が飛び出るほど高い。
お目々が金のマークになるメリル。一目散に走り、ふと気が付いて振り返る。
「早くカルマさん! あちらさんの気が変わらないうちに!」
「ああ、すぐに行くよ」
どことなく寂しげに微笑み、カルマはメリルの後を追った。
かくして、カルマ・ノーディの龍の山嶺をめぐる冒険は幕を閉じる。
そして、二度あることは三度あるともいう。
次なる冒険でお目にかかれることを祈って、ごきげんよう!
【冒険商人カルマ・ノーディ 第二巻 カルマ・ノーディとドラゴンの山嶺 完】




