その08 復讐と嫌悪
「まだ息があるうちに紹介をしといてやるよ」
七名の霊魂に囲んで殴られたエブたち五人は、顔を腫らして血と涙を流し、抵抗する気力の一切を失っていた。
止めることもできずに、リディオを手を剣の柄にかけたまま。崖の上のカルマは青ざめて。揃って動きを止めていた。
「ワンズ爺さん62歳。山登りがしんどいから、今回の稼ぎで引退し、仕事は婿養子のツークに任せるつもりだった。
逃げ切れずに背中を斧やナタで八回切られ、崖から落ちて死んだ」
棒を持った霊魂が、ドクロの面を外す。怒りに満ちた老人の顔があらわになった。
「ツーク23歳。トロいがまじめな仕事を買われて、ワンズ爺さんの孫娘と二年前に結婚。子供も生まれたばかりだ。
ワンズ爺さんの盾になってそこのハゲに撲殺された」
ジードが悲鳴を飲み込み頭を抱えた。青年が、その横の体格のいい男も面を外す。顔の左半分が割れた陶器のように砕けていた。
「隣が二人の護衛、ズリ27歳。ギャンブル狂で金遣いが荒いが腕は立つし力持ちだ。危険な仕事で金払いがよく、前借りも許してくれるワンズ爺さんに頭が上がらなかった。
お前ら相手に大立ち回りを演じたが、数には勝てずに死んだ」
気分の悪くなったメリルが口元を押さえる。病人のように蒼白のカルマは、口をへの字ににしたまま動かない。
「次はフオ、44歳。クジャン族の文化にも興味があり、長期滞留を好んだ。クジャン族側からの信用も厚かった。娘の命乞いをした時、お前らは何て言いやがった?」
「あ、えと……いいですよって」
媚びるようなエブの顔を、小太りの中年男性霊魂が足蹴にした。
「『いいとも、高く売れそうだから殺さずにいてやるよ』だ!
娘のファプは18歳。クジャン族の戦士と恋仲になって、嫁入りも予定していた。お前らに捕まる前に崖から身を投げた」
一人だけいた女の霊魂が、エブを棒で容赦なく叩いた。
「二人の護衛、ジクサ16歳。怪物や獣を追い払う訓練はしていても、人間の相手は覚悟してなかったんだな。ろくな抵抗もできずに斧を胸に受けて死んだ。
熟練のゼブは33歳。お前らの仲間を二人斬ったが、ファプが捕まったという嘘に騙され隙を突かれた」
短剣を持った二人の護衛。彼らはこれまで刃を抜かず、柄頭や鞘で叩いてきた。
だが、ここで無慈悲にギラつく刃を抜く。
「その代わりに雇ったのがオレとコイツなのはお笑いだがな」
クロウラが嘲笑う。金縛りにあったかのように身動きの取れないリディオ。面を外した七人の犠牲者が、それぞれの武器を構える。
「お、お願いだ!」「許してくれ!」「死にたくない!」
「助けて!」「アニキぃ!?」
慈悲を乞うならず者たち、しかし復讐者は容赦をしない。目を覆うメリル。つばを飲み、しかし目をそらさないカルマ。
「お前たちは、彼らの命乞いを聞いてどうした?」
「え、あ……」
声なく笑い出す霊魂たち。これが答えだった。
「苦しめ、命乞いをしろ。許しを請え。惨めな悲鳴をあげて死ね。それが彼らの慰めになる」
「ダメだ!!」
弾かれたように、リディオが飛び出した。刃を持った護衛の霊魂の手を掴み、その冷たさに身震いした。
それでも果敢に、ならず者どもとの間に身体を入れる。
「そんな事をしちゃいけない!」
「何がいけない? 黙ってろよアマちゃんのガキが。彼らには復讐の権利がある」
「でもダメだ。アンタも何か言ってくれ!!」
水を向けられて、顔面蒼白のカルマはうろたえた。そのコートの裾をメリルが掴む。小さな手。震える手で、カルマはメリルの手を握った。
逆にすがり付くかのように。
「ふ……復讐は正当だ。悪行には報いが 与えられなければならない。僕には彼らを止める権利はない」
現れた時の余裕綽々な態度とは違い、震えて怯えた雰囲気のカルマ。クロウラが訝しげに彼を見上げる。
「でも、それじゃ幸せになれないだろ!」
「死者が今更幸せになれるものかよ」
「違う!」
リディオが嫌々をする子供のように頭を振る。彼自身、何を言いたいのか分かっていないのだ。
「カルマさん」
「僕には無理だよメリルくん……僕は、復讐される側なんだぜ? どんな面下げて、復讐は無意味だとか、誰も救われないとか言えるんだ」
震えながら呟くカルマ、クロウラとリディオも彼を見上げる。四者四様の視線。
願いを込めてメリル。苦しげにリディオ。哀れむようにクロウラ。そして、無言で見守るアガス。
「龍の女も問題の解決を望んでる。彼らの復讐を叶える機会は今しかないんだ」
「復讐は……しなきゃならないのか?」
「悪党どもに罰を与えるのは当たり前だろうが」
リディオの苦しそうな呟きに、クロウラが吐き捨てた。否定する言葉も論理もない。ただ、何かが間違っていることだけがリディオを意固地にしていた。
「た、助けて……」
「どけよリディオ」
すがり付くエブ。リディオは動けない。霊魂たちも、このお人好しの青年を害する気はない様子だ。
「でも……ダメだ。何がダメなのか分かんないが、やっちゃダメだ。そんなのは嫌だ」
「いい加減にしろよ、お前の好き嫌いで世の中が動いている訳じゃないんだ」
顔を上げるカルマ、見上げるメリルの頭を撫でる。何かに気付いた顔。
「…………そうか」
「カルマさん?」
「嫌だよな。僕も嫌だ」
「面倒な連中だな! お前らが嫌でも、彼らは……!」
「彼らが外道に落ちるのは、嫌だ」
一瞬声を荒げたクロウラが絶句する。
霊魂たちが顔を上げる。氷のように冷たい視線がカルマに突き刺さる。
「彼らは善良な人間だった! それが、命乞いをする人間を笑いながら殺すような下衆の真似はしてほしくない!」
「そ、そうだ!」
追いかけるようにリディオが叫んだ。
「罰は与えるべきだ! でも、悪党どものせいで彼らが堕ちるのは見過ごせない!」
「そんな理屈……」
「あの!」
メリルがカルマの手を握りながら声を上げた。集まる視線に怯みながら言葉を続ける。
「ボクなら家族の……そんな顔は見たくありません」
霊魂たちの腕が下がる。怒りや憎しみに満ちた顔に、それぞれが触れた。この場を支配していた殺意と緊張感が薄まっていく。
「いいのかお前ら、今しかないんだぞ? 今を逃したら、そいつらを地獄に落とすことは出来ねーんだ!」
『………………』
霊魂たちの姿が薄らぐ。復讐をやめたのだ。クロウラは大きく息を吐き、天を仰いだ。そしてフードの上から頭を掻きむしり地団駄を踏んだ。
「クソが! そうかよ! はいはい分かりました!」
「なんだって?」
リディオの問に、クロウラは舌打ちをした。
「『人を殺したら、家族に合わせる顔がなくなる』ってよ、お人好しどもめ」
「そうか……」
次の瞬間、崖の上から火花が走った。ナタを拾ってリディオの背中に叩きつけようとしたエブの、その右腕が爆発する。
「ぎゃあああああぁぁぁあ!!!?」
「あ、アニキぃ!?」
「まずは彼らを拘束する必要があるね。お嬢さん、お怪我はありませんか?」
崖を滑り降りてきたカルマが、クロウラに問いかける。ドクロの面の人物は面くらい、マスクをかなぐり捨てて甲高い声で怒鳴った。
「誰がお嬢さんだ! 見てわかんだろオレは男だクソボケ!!」
仮面の下にあったのは、バラ色の唇、柔らかな頬、宝石のような赤い瞳と、芸術的な金の巻き毛。天使もかくやの美しさ。
「…………あれ?」
「ざけんな! 死ね!」
クロウラに脛を蹴られ、カルマは悲鳴をあげてうずくまった。




