その05 サンドイッチとドラゴン
「クジャン族の集落に行くのはいつ以来なんですか?」
「前回は甲雲戦争が終わった頃だから、ちょうど三年ぶりになるね」
同じ夜、少し離れたほら穴で、カルマたち三人も焚き火を囲んて夕食をとっていた。
夕食は例の酒場で購入した保存食だ。黒パンにチーズを乗せて炙ったものと、干し肉を薄切りにして炙ったものを重ね、ピクルスを挟み、さらに特別な香辛料を一振り。黒パンでサンドして完成だ。
「その時も商売で?」
「いや、当時の僕らはまだ商人じゃなかったからね、私用さ」
外はもう暗く、メリルはあくびを噛み殺した。いつもはおしゃべりな少年も、慣れない山道には閉口していた。今日だけで何箇所の崖を登ったか分からない。
「商人じゃないカルマさんは想像できませんね」
「板についてるってことかな?」
「かと言って商人にも見えないんですよね」
「そりゃないよメリーくん」
皮肉は言うが、名前を訂正する気力はない。メリルは夕飯を半分食べたところでうつらうつらと船を漕いだ。
「まあでも、あの頃よりかはマトモな人間にはなれたかもね……それもこれも団長とクジャンのおかげかな」
「おいおい、なんだ突然褒めおって!」
突然、女の声が割り込んできた。
ほら穴の入り口から、平然と現れる一人の女。あ然とするカルマ、目をこするメリル。
露出の高くカラフルな衣装で、豊満な肉体を惜しげもなくさらした赤毛の女。腕にも脚にも腰にも胸にも、複雑な彫刻の施された装飾品をジャラジャラとぶら下げている。
炎のような赤毛を複雑に編み込み、羽根と宝石と角で飾っていた。小麦色の皮膚のあちこちに、さまざまな入墨を施している。彫りが深くエキゾチック雰囲気の美女であった。
クジャン族でも身分の高い女だ。メリルはそう判断して、まずは頭を下げた。
しかし、すぐに異変に気づく。
「あれ? もう外は暗いはずでは?」
「ん? 夜の怪異程度、クジャンの敵ではない。それより美味そうな小僧だな」
「いやいやいや、ご勘弁を。うちの大事な経理ですので」
慌てた様子のカルマ。メリルは自分の耳を疑った。しかし聞き間違いではなく、美味そうだと言われていた。
「ああ、言い間違いだ。ヒトなどここ十年は食っておらんから安心せい。美味そうな物を持っているな」
「これですか? もう一つ作りましょう」
食べかけのサンドイッチを、しかし女は素早く掠め取った。
「これがいい」
「あ、でも」
「メリルくん、文化が違うから。それ止めると失礼だよ」
「ええ……」
大口を開けて口いっぱいに頬張り、もりもり噛んで飲み込む女、満面の笑みで舌舐めずり。
「よし、これで小僧もクジャンと同じ器の飯を食った。友として歓迎しよう」
「そういう風習は集落に行くときに話すつもりだったんだけどね。それで、どうなさったのですか?」
ため息を吐くカルマ。メリルは不可思議なことに気が付いた。こんなに露出も激しくて美人なのに、カルマの対応が過剰ではない。むしろ警戒すらしている。
「なんだなんだ? クジャンが来たのが不満か? この山は全てがクジャンであるぞ。であるならクジャンがどこにあってもおかしくなかろう」
「…………いや、おかしいでしょう」
カルマは不機嫌そうに眉毛を寄せた。対する女は限りなく上機嫌だ。
「何がおかしい、カル……カルタ? カルロフ? …………お前、名前は何だったか??」
「カルマです……貴女はわざわざ人前に出てくる存在では無い。こちらからお願いしても会ってくれないような、そういうもののはずです」
話が読めずに、メリルは目をこすりながら首をひねった。身分の高い女であることは確かだが、それだけではないのだろうか。
「カルマさん、そちらの方を口説かれないんですね」
「いやメリルくん。相手を見て言おうよ。挨拶代わりに口説いてみたら、『なら手始めにトロルの首でも捧げてみる?』とか言われるよ?」
「言うね。もちろん一人で、一日の間に三つは捧げて貰おうとも」
「いくら僕が老いも若きも全ての女性への敬意を忘れない男だとしても、この方は口説けません」
「ケチな男だな。クジャンの男は皆クジャンのものになりたがるぞ?」
さっきから女の言葉で、わからない部分がある。わからないというか、理解が難しいというか。
メリルは少し考え込んだ。頭はすでに眠い。しかし、ヒントはすでに揃っている。
「もしかして貴方様はクジャン族の守護龍なのですか?」
「ん? ああ、名乗っておらなんだ。我の事を知らぬ奴などいなからな。ついな」
女はケラケラと笑う。一人称がクジャンで、土地を呼ぶときもクジャンなのだから分かりにくい。
「我こそは偉大なる父祖『真紅の悪龍ライフレア』に連なる血族が末席、高位の火口龍のクジャンァーシカ、この山の守護龍である」
人間の姿を真似た神格。六龍の末裔なる偉大なドラゴン。
この女は、クジャン族を繁栄させる神そのものであった。




