その02 英雄領主と腐肉芋虫
「明日の朝出立って言ってやがったな。よしジード。手下どもを集めとけ」
「へいアニキ。いつもの連中ならすぐに集められやすぜ」
うらぶれた酒場の隅の席。掃除の行き届いていない床、壁沿いにはゴミが積んである惨状。
人相の悪い二人の男がひそひそ話をしていた。
ずる賢そうな小男エブと、ビール腹のスキンヘッド、ジードである。
「ジード、ケンカの基本はなんだ?」
「そんなもん決まってらぁ、三人で囲んでフクロ」
「よく分かってるなジード。勝てないケンカはしないのがプロって奴だ」
エブはアゴヒゲをこすりながらニヤニヤと笑った。彼はプロのならず者であるという自負があった。
「なら、応用を教えてやる。『明らかにヤバイ奴は五人で囲んでフクロにする』」
「アニキ……パネェ」
「あの黒い奴は相当やる。残ってる三人で何とかなるとは思えねえ。後二人用意しろ」
彼らはカルマたち三人を襲う計画を立てていた。エブがアガスを警戒するのは当然だし、正しい判断だった。
もちろん、カルマに三人がかりとアガスに五人がかりで合計八人。今集めようとしているのは七人であることは誤差である。
「へいアニキ!」
「へっへっへ、これでまたしばらくは遊んで暮らせる。まったくボロい商売だぜ」
二人は下品に笑い合った。
「つまり『クジャン族を騙している悪徳商人をぶん殴る仕事』って訳だな?」
「え? うんまあ、そんな感じかなー」
「せっかくの平和を乱そうとはふてえ連中だな。いいぜ! やったらあ!」
「……金になるなら何でもいい」
ジードが探してきたのは、金が無さそうな流れ者であるものの、やけに暑苦しい青年と、乞食と見まがうみすぼらしい小男だ。
青年は見るからに傭兵で、鎖帷子の上にマントを羽織り、手荷物は背負い袋一つと短剣、ナイフ数本と小盾だけ。
元気がいいので食い詰めている訳では無さそうだが、人の話を聞かないし勝手に誤解するタイプなのでだまくらかすのは簡単だ。
小男は病人のように白い肌で、ほつれたフードの下にはドクロの面をかぶった陰気な人物である。
「リディオだ。よろしく!」
「腐肉芋虫だ」
読者諸君の中にはリディオという名前をご存知の方も多い事だろう。
リディオ・ハースフェル。オールガス侵略戦争で数々の武勲を挙げて、一介の傭兵から貴族にまで登り詰める英雄領主の若かりし姿である。
この頃の彼には、後の四人の仲間たち。つまり参謀にして魔法使いのミハエル。蛮族の。女戦士エズル。少女暗殺者アクリス。密偵シバドは同行していない。
英雄譚のリディオは、魔法の剣をの達人で、文武に優れ義に厚く、魔法も使う超人であるが、この時の彼はまだ武者修行の最中。
しかし困った人を見過ごせない上に人を疑わない性格はこの頃からのもので、簡単に騙されるいわばネギを背負ったカモのような男であった。
「よし、早速その連中を懲らしめようぜ」
「あ、いやちょっと待て」
直情径行にまっすぐ行こうとするリディオに、エブは慌てた。なにしろエブとジードの目的は逆だからである。
二人は『クジャン族と取引のある商人を帰り道に襲って荷物を奪う強盗』であった。
カルマたちがマトモな商人か、それともリディオの言う通りの悪党なのかは関係ない。だがとりあえず。取引をしてもらわないと話にならない。
「奴らが本当に悪党なのか見極める必要があるだろ? まずは後をつけて公正な取引をするのか確認をするんだ」
「アニキ、その言い訳頭いい」
「ジードはちょっと黙ってろ。な?」
スキンヘッドの弟分の頭を叩きながら、エブは冷や汗混じりにリディオを見る。
なんて面倒くさい。どうにかならないものだろうか。
「なるほど、手間ではあるが公正だな。気に入った。もしかしてアンタたち、伯爵の密偵とかか?」
「え? まあ、似たようなものカナー?」
リディオは甲雲戦争で取り潰しになった貴族の郎党の出身である、貴族がしばしば部下を民に紛れさせる事を知っていた。
エブからすれば都合の良い誤解である。冷や汗をかきながらもそれを利用することに決めた顔。
「ククク」
腐肉芋虫を名乗る小男が甲高く失笑する。
キャリオンクロウラは墓所や地下迷宮、戦場に現れる生き物で、体長2メルト。最大で5メルトのものもある巨大な芋虫に似た怪物だ。
腐肉食性で、芋虫に似ているが体皮は樹皮より固い。イカに似た触腕を持ち、死体を掴んだり穴を掘ったりもできる。
その上、新鮮な肉も腐らせれば食べられるので、狩りも積極的に行う厄介者だ。
「いや、金がもらえるなら構わねえか」
「クロウラは金が無いのか?」
「さんをつけろクソガキ。年上だぜ?」
「年上でも同僚だろ?」
不機嫌そうに舌を打つキャリオンクロウラことクロウラ。そもそも、ドクロの面のせいで年齢も性別もまるで分からないのではないか。
エブは面倒くさいから指摘するのをやめた。




