その07 犬たちの序列
話し合いが終わった後、一同はマルーの淹れたお茶を飲み、それぞれの仕事に戻った。
「ヘン、時間ある時にカクを頼めるかい?」
「え? でもおれ何すりゃいいか分からねーよ?」
「犬だと思いな」
これは他の者が聞いたならば噴飯ものの言葉だったろう。だが、ヘンには違う意味があった。
犬と同じ。そう考えれば忍耐力も思いやりもより強くなれるというもの。
そしてもう一つ。メリアの屋敷の犬たちには、一つの共通点があった。
「しつけ直しゃいいんすか?」
「とりま外で遊んだれ」
「へーい」
という訳で、メリアの用事が一段落した午後、カクタスは外に放り出された。
その存在に気づいたのは、柵の確認をしていたヘンではなく、彼の後ろをついて回っていた犬たちである。
「おー、カクタス。あ、おれもカクって呼んでいいか?」
「…………」
声をかけられ、一瞬目を合わせるも、小首を傾げてから目をそらすカクタス。着替えても、女の子用のエプロンドレスを着ていた。
本当に犬と同じだな。ヘンは頷いた。
「何すりゃいいか分かんないんだろ? おれもだ。一応聞くけど、好きな遊びとかあるか?」
「…………?」
ないかも知れない。それどころか、遊びを知らない可能性もある。
カクタスの様子を見ながら、ヘンは己の失敗に気付いた。
「シロ、フワフワ、シマシマ。ちょっと向こうで遊んで来い。カツラだけ残れ」
命じられた犬たちが、じゃれ合いながら離れていく。
犬たちの名前はシンプルに見た目通りだ。しかし最初に触れ合うには小型だが古株で気の強いシロや、大型のフワフワ、シマシマは適さない。
メスの中型犬で性格が穏やかなカツラが最適だ。
「カク。コイツはカツラ、頭のあたりの毛が多くて、区切れてるだろ?」
薄茶色の中型犬は、ヘンの隣で礼儀正しく座り込んだ。優しく潤んだ瞳がカクタスを見上げる。
「ひっ……」
「犬、ニガテなんだろ? さっきは悪かったよ。無理に慣れろなんて言わないけど」
ヘンはベルトに差した工具入れから棒を取り出した。使い古されてあちこち傷ついた20セルト程度の木の棒。
それを見た瞬間、ウィグの背筋がピンと伸びた。尻尾がすごい勢いで地面を叩く。カクタスは一歩下がった。
「ほら、取ってこい!」
ヘンが棒を投げると、ウィグが一目散に駆けていく。緩い円弧を描いて飛んだ棒を空中でキャッチ。大喜びで戻ってくる。
「おおよしよし! すごいぞ、ナイスキャッチだ」
ワシャワシャ撫で回されるウィグ。千切れるほど振り回される尻尾、カクタスはそれすら恐ろしくてさらに下がった。
ふと視線を感じて周りを見回すと、少し離れた場所で三匹の犬がヘンとウィグを見つめていた。
「カク」
「…………?」
「あー、ごめんやっぱいいや」
ヘンが再び棒を投げる。ウィグはすごい勢いで尻尾を振り回し、風のように走った。
空中の棒をキャッチ。着地したその場で誇らしげに顎を上げて誇示。
だが、そこに飛び込んでくる白い弾丸。白色の小型犬が嬉しそうなウィグに不意打ちで飛びかかった。
「あ、こらー!」
「えぇ……?」
ウィグが取り落とした棒を素早く掠め取って、シロが棒をヘンに届ける。
してやった顔の小型犬に、カクタスは困惑を隠せない。
「…………あ」
「ミルク、横取りすんな!」
褒めてもらうはずが叱られて、首を傾げる小型犬。ヘンは棒を分捕った。
「ミルクは一番の古株だから威張ってるし、他のやつのおもちゃやメシも取っちまうんだ。犬は階級社会だからさ、一番上がやる事に下は逆らえない」
「…………」
一般的に動物の群れ内での順位は、物理的な力関係と同一となる。つまり身体が大きく力の強い大型犬と、弱い小型犬では大型犬が上になる。
しかしながらこの四匹の中では、最も気が強く、古株で、世話好きな小型犬がトップを張っていた。
ミルクよりも大きい犬が増えるにあたり、いじめられないようにヘンが注意を払った結果『ご主人に一目置かれている』と誤解されたことも大きい。
「でも、面白いんだぜ? 全員の毛づくろいもするし、ケガや異変にもすぐ気がつく」
「…………」
それまで、固かったカクタスの表情がふと緩む。ミルクが暴君ではないと知って安心するかのように。
「ミルク!」
ヘンが名前を呼んで棒を投げると、小型犬は大急ぎで取りに行った。今度はきちんと褒めて、撫で回すヘン。
「ごめん、やっぱりコイツラ我慢できそうにねーや、犬怖いなら離れてな。行くぞ、シマシマ!」
名前を呼ばれて、寂しそうに座っていた大型犬が飛び出した。次はフワフワ。跳び回る犬たちは心底楽しそうで、カクタスは小首を傾げた。
犬と同じなら、とヘンは思っていた。
食事を与え、遊び、なにより同族と仲良しであるところを見せることで安心感を与えていけばいい。
少しばかりずれた考え方であるが、若くまっすぐな少年らしいシンプルさがあった。
犬たちに気を許して、カクタスが遊ぶようになれば尚良し。でも、そう簡単なことでは無いだろうとも思っていた。
そもそも、カクタスはまだ、ヘンにまともに口を利いたことがない。
「あ、や……や」
「ごめんな、犬近かったか」
慌てるヘンに、カクタスは震えるように頭を振った。
「やり、た……あ、も、もも、もうしわけありません!」
「え? やった! いいじゃんいいじゃん! やりたい事、もっと言ってくれよ!」




