その08 成金とウツボ一家
「キャロルさん、デートをしませんか?」
「え……ええよええよ! どこ行くん? ウチ案内したるさかい!」
十年前の服はあちこちキツくて着れたものではないので、それでもおめかししたキャロルはひどく場違いな存在となった。
「メリル様、シュミがよろしおすなぁ」
「ボクの趣味じゃないですよ。キャロルさんはご自分がどこに嫁がされそうだったのか、気になりませんか?」
デートとは口ばかり。アガスも加えた三人は治安の悪い地域をうろついていた。
キャロルの父、セージスク卿が突然帰った娘に縁談を持ち込んだのは、シンプルに金銭的に困窮していたからである。
原因も分かっていた。
船を三隻も失い、船員も失った。補填と遺族への補償が必要だった。
そこに現れた金持ち、グゼ氏が融資を申し込んできた。怪しすぎる。
厳格ながらも信心深いセージスク卿は捨てる神あれば拾う神ありとばかりに主に感謝をしてちたが、キャロルとメリルの考えは違った。
甘い。甘すぎる。
シートラン名物干し果物の砂糖漬けより甘い。
そもそもそれ以前の問題として、特産品の干物にクレームがついたり、干し果物の価格が暴落したりと踏んだり蹴ったりだった。
不審に思わない方がおかしい。どう見ても経済的に攻撃を受けている。我が親ながらお人好しが過ぎると、キャロルは頭を抱えたくなった。
融資を申し込んできた金持ちグゼは貴族ではない成金で、金はあっても地位がない。それ故に貴族の遠縁になりたがっていた。
セージスク卿は娘が欲しいと言われて渋っていたのだが、そこに十年前に消えた放蕩娘が帰ってきた訳で。
「妹の代わりにウチを嫁に出そうちゅう魂胆だったんよ」
「セージスク卿、むちゃくちゃに怒ってませんか?」
「せやね」
優秀な魔法使いは貴重である。
多くの貴族は魔法使いか聖職者、あるいはその両方を『相談役』として屋敷に住まわせている。
魔法の利便性については、カルマの冒険を読んできた読者諸兄には言うに及ばずであろう。
カルマやアガスは戦場で魔法を研ぎ澄ませたエキスパートであるためあまり参考にはならないが。
さて、日常生活にも浸透している『堆肥屋』や『辻占い師』は、初歩の魔法が使えるだけでもなれる仕事だ。
貴族の屋敷に出入りするのはもっと高等な魔法使いで、その給料は一般的な兵士の五倍以上だとされている。
セージスク卿は、そんな魔法使いが少なくとも二人は手に入る計算でキャロルとカルマを魔法都市に留学させた。
費用はかかっただろう。だが必要な投資だと思っていたに違いない。
まさかそれが逐電するなんて想定の外だった。
セージスク卿はひどく落胆したし、恐らく二人を見出した先生からも抗議の受けただろう。
そのまま十年以上も音沙汰がなく、帰ったと思ったら頭を下げもしないで平然としている。
怒らない方が難しいというもの。
「父様のことはもうええやろ? お銭で解決したさかい」
「…………」
小売で稼ぐカルマたちと違い、キャロルは貴族相手に大口の取引をしてきた。メリルでは目もくらむような大金を送ったに違いない。
それこそ、傾きかけた家を建て直せるような金額だ。
しかし問題は、セージスク家がそこまで傾いた原因である。
どう考えても、融資を申し込んできた成金が怪しい。弱らせてから優しい顔をして手を差し伸べる、詐欺師の常套手段だ。
「ある人物について詳しいヤツを探してんだが」
「ヒュウ、若いの。女連れでこんな所に来るもんやないで?」
「オレの女に手を出すな、火傷するぞ」
目付きが鋭くなり、口調も変えてうらぶれた酒場で情報収集するメリル。近寄ってきたチンピラはキャロルが火傷させる。
ちなみにアガスはわざと距離を取らせている。彼は威圧感が強すぎる。
「成金のグゼか、もう兵隊は集めてへんで。『ウツボ一家』をまるまる雇ったんや」
「『ウツボ一家』って?」
「海賊まがいのならず者どもやで、」
酒場の情報屋に金を渡し、別の場所で『ウツボ一家』について詳しく聞く。
「手際いいわぁ。こんなデートならウチ、もちっと悪そうな服にするんやったな」
「いいんですよ、素人っぽくて悪目立ちするでしょう? それにあまり露出が高いのは駄目です」
「なしてなん?」
「見ていて気分が悪いからです」
「…………さよか」
憮然としながら答えるメリルを、キャロルは不機嫌に睨んだ。
へいへい、行き遅れのだらしない身体を見せて悪うござんした。…………なんやのこの唐変木、ゲイか?
不機嫌なまま情報収集をすること一刻(2時間)あまり、想定よりも早く釣れた。
「オイコラ! わしらに用があるっちゅうんは自分らか!?」
「へっへ、アニキ! えらいええオンナでしょ? さっきはよくもやりやがったな、オトコは沈めてオンナは頂きでっせ!」
「せやな!」
人相が悪く身なりも汚いならず者どもが路地の両側を挟み撃ちの形。連れてきたのはさっき絡んできたチンピラだ。
当然のようにかばう位置に立つメリルを、キャロルは押しのけ前に出た。
「逃さないで下さい」
「はぁ、命令せんといてくれる?」
キャロルは思う存分に八つ当たりをした。




