その05 カルマの父とメリーちゃん
「ただのぎっくり腰か、驚かせないでよ」
「十年ぶりに帰ってそれかアホ息子!」
「倒れたって聞いた時は心臓が止まるかと思ったよ。年甲斐もなく重いものを一人で運ぼうとしたんだろ?」
「うっさいアホ! ワシの勝手や!」
カルマの父親は元気だった。人生五十年の時代、カルマの父は齢六十。老人である。しかしながら未だに元気ハツラツ。現場で動き回っていた。
それが、先週あたりに腰を痛めて立ち上がれずに寝込んでいる。船主の仕事の大半は長男が引き継いでいるので、作業に支障はないようだった。
「まあいいや、父さん。こっちが僕のお嫁さん」
「なんやお前、キャロル嬢ちゃんと駆け落ちしたんとちゃうんか」
「みんな言うけど、僕らそういう関係だった事はないからね?」
「ウチの事は遊びだったん?」
「ずっとその関係だよね? キャロルは徹底して僕の事おもちゃだと思ってるよね?」
「そんだけ仲ええんやし、こりゃ玉の輿で将来安泰やでぇって思うやん?」
父親の調子の良さに、カルマは苦笑い。キャロルは上品に手で口を隠してコロコロ笑った。
「せやけどカルマ。こんなどえらいべっぴんどこで捕まえてきたんや? どこぞのお姫様かと思うたで」
「この言い方は流行っとるのか?」
「定番のジョークなんだよ」
「なんじゃ、つまりただのお世辞で分かって言っとる訳では無いんじゃな」
などと言いながらも姫君は微笑んだ。彼女が暮らしてきたドワーフたちは堅実な職人気質で頭が硬く口も重い。お世辞を口にするような人々ではなかった。
なので姫君は些かお世辞に弱い部分があった。実際にとても美しいのであるが、それを褒められるのは悪い気がしないのだ。
「氏族の掟で本名は名乗れんが、カルマの妻じゃ。一族の代表をしておったので、姫と呼ばれておったぞ」
「ほ、本物のお姫様やて……? ちゅうかホンマにこのアンポンタンの嫁さんなんか?」
「ホンマじゃ」
カルマの父は少し考え込んだ。真剣になるとマトモな人間に見える。キリリとした顔つきはカルマによく似ていた。
「ちなみに、結婚の挨拶に来ただけで他意はないよ。僕は帝国で商会長をしている。商売は軌道に乗っているし、お金に困ってもいない。
それどころか戻って兄さんたちの補佐をしろと言われたら困る位だ。でも必要ないだろ?」
「…………調べてきたんか?」
「そりゃね」
カルマの実家の経済状況はあまりよろしくない。いや、傾いている訳では無いが、新たにカルマとその一党を雇い、一から育てるのは抵抗がある。欲しいのは即戦力だ。
実家に戻る前から、カルマは情報を集めてきた。そのため、問題はあったとしてもそれが火急でも致命的でもない事を理解していた。
海難事故だ。
立て続けに三隻。大損壊だが、それで潰れるほどやわな家と男ではない。
「だからお祝いとかも要らないよ。こっちからお金の支援をしてもいい位だ」
「アホか! いくらなんでもガキに銭せびる程耄碌はしてへんで!
成功して帰った息子に美味いメシ食わせんのは父親冥利や、母ちゃんにもお前の立派になった姿を見せたかったでぇ……」
「奥方は?」
「この男の女癖の悪さに辟易して出てっちゃったよ」
「てへり。まだうちの食堂で働いとんで」
「ふむ、せっかくじゃ。ご相伴に預かったらどうじゃ?」
カルマの母親や兄弟に興味があるのだろう。姫君の提案にカルマは渋々頷く。
そして黙って様子を見ていたメリルと、ニヤニヤ笑いのキャロルに視線をむける。
「ウチは家に帰るから、気にせんでええよ。あ、でも良かったらメリーちゃんとアガスを貸してくれひん?」
「メリルです。間違えて覚えられたらどうするんですか。それで、なんでです?」
「メリーちゃんのイケズ。ウチ、か弱い乙女なんよ……皆まで言わせんといて」
「メリルです」
か弱い乙女。か弱い……ね。メリルは言いたいことをグッと堪えた。別にか弱さを自称するのは勝手だし、地元とは言え一人歩きをさせることにも抵抗があった。
「じゃあカルマさん、僕とアガスさんはキャロルさんを屋敷にエスコートします」
「ごめんね、キャロルが迷惑かけて」
「商談がてきる雰囲気ならついでにしてきますので、カルマさんは親孝行してください」
メリルは少しだけ、ほんの少しだけ寂しそうに微笑んだ。彼は戦災孤児だ。家族は『甲雲戦争』で皆亡くなった。天涯孤独だ。
だからこそ、親が元気ならばそのうちに、カルマには孝行してほしかった。
「それとキャロルさん、一つだけ条件があります」
「まあまあ、やらしいなぁ……ウチの事、どないするつもりなん?」
艶めかしくしなを作るキャロル。メリルは彼女を氷点下の視線で見つめ、こう言った。
「そちらの親御さんの前ではメリーって呼ばないでください」




