その01 遠い故郷と事のはじまり
カルマ・ノーディは行商人であるが、六龍歴1025年頃にはオットー村という拠点を持ち、年の半分は行商のルートを行き来し、残りの時間は新たな販路の開拓のために風の吹くままにさまよっていた。
カルマは南国シートランの出身であるが、彼の商売はもっぱらオールガス帝国内で行われていた。
カルマは魔法都市レインバックでノーディ隊長に見出され、『甲雲戦争』に参加した。
都合十年以上実家には戻っていない。
いわゆる、『敷居が高い』状態にあった。
「今の交易路は新しく組んだ商隊に巡回してもらうとして、カルマさんはどうされます?」
「うーん、クジャンの郷みたいに僕らが行くべき場所以外は、また販路拡大のために動けばいいかな」
六龍歴1028年。ノーディ商会は順調に拡大し、複数の商隊を抱えるほどになっていた。
オットー村の商会本店、その食堂の一角を陣取って、商会長のカルマ、番頭のメリル、そしてアガスの三人で会議中。
カルマは上質な服を着こなした伊達男。ちょっと収まりの悪い茶色の髪、右目は黒革の眼帯。左目は面白がるような色の鮮やかなオレンジ。手には新作の山高帽。
メリルはもう立派な青年だ。といっても背はあまり高くなく、筋肉量も多くないために少しばかり頼りない。しかし、見た目で判断してはいけない。こう見えて長旅に耐える体力がある。
黒檀色の肌のアガスは必要な時にしか喋らない寡黙な男。この時も会議には参加しているが見ているだけだ。
オットー村はエルフの里及び象頭灰色巨人の都市と隣接し交易をしている。
彼らの作る特産品を、特定ルートで売り歩く商隊だ。
「カルマさんはシートランの出身ですよね? そちらはどうなんです?」
「ええ……? 国境を越えるのは面倒が多いから避けたいんだけど」
個人が関所を通るのは、身元が保証されていれば簡単だ。
しかし、商隊となると話が違う。荷物はすべて見分されるし、金製品の密輸をしていないかは当然疑われる。関所で数日間の勾留など、ざらであった。
「国境を越える厄介事よりも、シートランとの交易路を確保して得られる利益が上です」
「でもなぁ……」
ごねるカルマ、商会の食堂は広く、人目も多い。しかしカルマのこの様な姿は知れ渡っていた。商会長といっても、メリルの前では駄々っ子も同然である。
「カルマの故郷か、妾も興味があるぞ」
そう言いながら入ってきたのは姫君。新月の夜よりも黒い髪に、雪のように白い肌。カルマの妻である。諸事情により本名は秘匿されている。
左目はカルマとお揃いの黒革の眼帯。右目は鮮やかなオレンジ。少々大時代的な口調だが、性格は気さくで社交的。皆から『お姫様』『姫君』などと呼ばれ親しまれていた。
「カルマはなぁ、お家に帰るのが怖いんよ」
「なんでいるのさ」
「まあイケズ……ウチがおったらアカン?」
姫君と並んで現れたのは紫蘇色の髪の女。浅黒い肌の妖艶な美女。その名をキャロル。カルマの戦友だった人物で、シートラン上方訛りりた。
キャロルもまた商人であり、カルマとは一時は思想の違いから袂を分かっていた。現在の仲は良好である。
そもそもこのオットー村は亡き戦友の故郷であり、彼が戦後に復興したいと言っていた場所だ。キャロルにとっても思いれが深い。
「ウチの家はシートランの侯爵でなぁ。カルマん所の親は大船主だったんよ。
ウチが魔法都市に留学するん聞いて、カルマは泣いて駄々こねはって」
「勝手なことを言わないでくれるかな。駄々をこねたのはキャロルだろ?」
「イヤやわぁ、乙女の恥ずかしい過去をそないに言いふらさんといて……イケズ」
カルマを挟んで左右に座る姫君とキャロル。二人はぶどう酒のカップを全員に配る。
「侯爵領と魔法都市は近くないんだけど、ある時通りかかった|アデプタス・メジャー(大達人)の先生に見出されてね」
「ウチもカルマも家督とは関係なかったさかい、魔法使いになって家を支えなちゅうことになってなぁ。
ウチ、いらん子になってもうたと思うて『エマと一緒じゃなきゃ行かん!』て暴れたんよぉ」
「ちなみにアガスとは教室で知り合ったんだ」
魔法を学び、四人は甲雲戦争に参加した。エマは戦死し、三人は深く傷ついた。だがその傷はようやく癒えつつある。
「それで何が怖いんじゃ?」
「僕らは魔法都市でノーディ隊長と出会って、そのまま卒業前に飛び出しちゃったから……帰ったら親になんて言われるか」
「でも、カルマはええやん? そないにべっぴんの嫁さん貰うたんやし……ウチも貰うてくれへん? 一人寝は寂しいわぁ」
胸板にのの字を書くキャロルを、カルマが払い除ける。いつもの悪質な冗談だ。
「まじめな話いい人居ないんですか? キャロルさんは美人だし、男の人が放って置かないのでは?」
「そう言ってくれるのはメリーちゃんだけなんよぉ」
「カースさんは?」
「ないない。友達としてならともかく、カースはない」
即答で否定されたカースという哀れな男は、キャロルの部下である。草原蛮族の出身で、今は里帰りで別行動中だ。
もう一人、いつも一緒にいる護衛のエマは、定期メンテナンスで動けない。
「ぴちっと着ておるが乳もすごいんじゃぞ。妾も小さくはないが、キャロルはケタ違いじゃな」
「やめてぇな、恥ずかしい」
いつの間にか回り込んで、後ろから胸を鷲掴みにする姫君。女同士でなければ許されない。
「ウチのことはええやろ? 問題はシートランに行きたいかどうかやん? どない?」
「行く必要がないだろ?」
カルマの言葉に残る三人がそれぞれ頷く。
「販路を広げる機会ですよ? 必要性はあります」
「妾もカルマの故郷が見たいのう」
「一度くらい顔を出してはどうだ」
アガスにまで言われては、もはや抵抗は無意味だった。
こうして、カルマたち四人とキャロルはシートランへの里帰りをする運びになった。
これは、そんな平凡だが普段と少し違う。しかし冒険と呼ぶには些か穏やか過ぎる。
そんな旅の一幕の物語である。




