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冒険商人 カルマ・ノーディ の物語  作者: 運果 尽ク乃
【カルマ・ノーディ の物語】  第六話

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その08 報われぬ恋の墓標



「カルマも、メリルも、お姫様も、たいちょうも…………どうしてぎゃくなの?」


 アガスだけは男の人のままだけれど、カクタスはずっと気になっていた事を聞いてみた。

 カルミノが女の人だというだけでも衝撃的だった。


「ノリ? 知らんけど」

「知らないなら適当なこと言わないでくれ、それぞれに理由はあるけど、まず分かりやすいのが閣下だ。

 閣下がお姫様になったのはカルマが男だったからだ」

「とばっちりじゃな」


 それは、他の三人よりも分かりやすい。カルミノの夫だから、カルマの妻とする必要があった。


「さっき言い忘れたけど、アタシらはデディ隊長を今でも尊敬してる。だけど、そのまま書くことはどう考えても許されない。だから性別を変えて別人みたいに仕立てた。

 帝国の検閲(けんえつ)がザルなのか、見て見ぬふりをしてもらえているのか、隊長についてはそれで許して貰えてる感じだな」


 そうすると。残る問題はカルマとメリルだ。


「あんまり言いたく無いんだけど」

「え、なんですかそれ」


 黙って聞いていたコーが食いついた。言いたくないと言われると逆に興味が湧くのは仕方のないことだ。


「女の主人公って、売れないんだよ。女の英雄の冒険譚は不思議なほど人気がない。

 イケメンは売れる。みんな喜んで買う。そういう打算が一つ目」


「知らんかった……」

「それと、カルミノさんが『分かりやすくボクとは違うって感じにして』って言うからでしよ」

「…………言うたっけ、そんなん」

「言った。自分に近すぎると恥ずかしいからって言った。念押しまでした」


 カルミノは少し考え込んだ後、頷いた。言った気がしてきた。


「あー、その。過去の恥ずかしい話も自分自身やなくて似た誰かさんならセーフやし…………そもそも、自分の商会で自分の自伝を出版して大々的に売りに出すとか恥ずかしすぎひん?」

「ちなみに、男性と少女のコンビだと、読者は恋愛関係を期待する。だからメリルも男になった」


 納得したように頷くカクタス。他の一同も同様だ。メリアはこっそり胸を撫で下ろした。すべて後付けの言い訳だ。最大の理由は別にある。

 一番は、これこそ本当に恥ずかしくて絶対に言えないが、メリアがカルミノを愛しているからだった。


 自分とカルミノでは通じ合えない何かが、男同士なら通じるかもしれないという幻想。隣の芝は青い。なんとでも言えばいい。でも、女同士の友情以上に、男同士にしかない絆があると、メリアは信じていた。

 結局それが描けたかというとよくわからないが、少なくとも自分がカルミノに向けるものとは違う視線を、メリルはカルマに向けている。それはそれで満足できた。


 どうせ叶わぬ恋なのだ。かけらも匂わせず消えてしまえとメリアは願う。

 どうせ消えてはくれないけれど。





「カクタスは、これからどないするん?」

「…………?」


 突然の質問にカクタスは小首を傾げた。彼の人生において、自分で決められる物事は多くない。


「そうじして、きょうかいで、おいのりしたり……おべんきょう?」

「せやな、うん。そりゃええわ」


 納得したように頷くカルミノ。その答えで合っていたようだ。

 メリアの視線にカルミノがヘラヘラと笑う。


「カクタスもメリアもええ感じになって良かったなぁ」

「何も考えずに送り込んで来たんだろ?」

「いや、似てるな思うて」


 メリアは苦笑した。似ている? それどころかそっくりだ。

 …………もう五十年以上昔、メリアはシートランの悪徳貴族の奴隷だった。


 それを助けてくれたのがデディ隊長と、カルミノとアガスで……。

 『甲雲戦争』なんぞに首を突っ込まなければ、『冒険商人』も『デディ商会長』も、デディの称号だったろうとメリアは思う。


「にてる……?」

「おんなじウサちゃんやし」

「…………?」


 メリアは不思議そうなカクタスを見て気が付いた。今さらながら、全く説明を忘れていた。

 自分にとっては当たり前すぎて、必要を感じていなかったというか。


「悪いカクタス、アタシも兎人(エリルフレア)なんだわ」

「え…………?」


 驚くのはカクタスだけ。他の使用人たちは全員知っている。

 メリアは髪をかき上げて、側頭部に耳が無いことを示した。しかし……頂頭部にも耳はない。


「昔は今より差別が酷かったのと、逃亡生活には目立ったからね」

「とうぼう……?」

「『甲雲戦争』が終わって、三人で商人始めるって時に切ったのさ」


 長い耳さえ失えば、兎人(エリルフレア)は外見的に人間に近い。

 それからずっと、近しい人以外には秘密にして生きてきたのである。


 亜人差別が激しい、この町の教会と距離を取ったのもそれが原因だ。


「いたそう」

「最初はね、でも魔法使いが三人もいたんだ、大したこっちゃなかったさ」


 カクタスがメリアの頭を優しく撫でた。こうして見ると祖母と孫のようでもある。


「そういえば言っていなかったね、カクタス。アタシら兎人(エリルフレア)は花から名前をもらう。

 そして花にはそれぞれ意味がある。


 サボテン(カクタス)は最初に言ったね。『偉大なるもの』『不滅の覇王』『あたたかな愛』。アンタに名前をくれた人は、そうなってほしいって思っていたのさ」


 言葉の意味を噛みしめるカクタス。自分とはほど遠い言葉に感じる。少なくともカクタスは、偉大や覇王にはほど遠い。


「…………メリアさんは?」

「アタシ? アタシは『気品』『ひだまり』『天恵』『情熱』『一途』『内気な乙女』…………違いすぎて恥ずかしいなこれ」


 メリアは本名をプルメリアという。長いのと、花の名前は兎人(エリルフレア)的だから愛称で通してきた。

 といっても、プルメリアはシートランの中でも南国の諸島の花だ。オールガス帝国ではお目にかかったことが無い。


「ぴったりやろ?」

「うん」


 ニマニマと笑うカルミノに、カクタスは屈託無く答えた。心からそう思っていた。


 そのカクタスはいずれ、メリアの死後、彼女の仕事を引き継いで【カルマ・ノーディ】を書き上げる。

 そして大陸中の英雄譚を集めて、口伝のみだったいくつもの物語を文字にして残す。


 その時カクタスの名は『偉大なる英雄譚の父』『物語の王』と呼ばれることになるのであるが……それはまだ遠い話。


「ちゅーかカクタス、メリアの養子にならへん? そしたら未来のカルマに、メリルの息子として出てこれるやろ?」

「何言ってんのさ、メリルは結婚しないよ」


 カルミノほ、不思議そうにメリアを見た。一つしか無いオレンジの瞳。メリアは胸が締め付けられる。

 メリルは結婚なんてしない。彼はメリアと同じだ。メリアがカルミノを愛しているように、カルミノと結ばれないように。


 メリルは、カルマ以外を愛しては……。


「なら、こないなのはどうや?」


 いいではないか。カルミノの目が面白がるかのように細められる。そうとも、物語の中で報われるくらいならば。


 



明日はお休みし、明後日から最後の冒険商人をお届けいたします。

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