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冒険商人 カルマ・ノーディ の物語  作者: 運果 尽ク乃
【カルマ・ノーディ の物語】  第六話

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その05 まるでカルマのように


「亜人め、いつまでいるつもりだ。教会は聖域だぞ。唯一にして偉大なる主を信じない輩はさっさと出ていけ」


 部屋の中から聞こえるうめき声や苦悶の声にそわそわしながら待っていると、麻の法衣を着た若い男がやってきた。

 悪意の籠もった目でカクタスを見下ろし、追い出そうと声を掛けるも、すぐ横のアガスの存在感が実力行使にまでは至らせない。


「あのねぇ……っ」

「…………? ぼく、あるじさまをしんじてないの?」


 突っかかろうとしたコーの裾を引き、カクタスが小首を傾げた。

 これには、コーだけでなく若い信者も毒気を抜かれた。何を当たり前のことを、彼の目がそう語る。


「あの……いだいなるあるじさまをしんじるって、どういうこと?」

「主の教えを守り、主の存在を感じ、主による救いを信じることだ」


 信者の男が安堵(あんど)の息を吐く。その質問そのものが、偉大なる主を信じていないということの証左であるとばかりに。

 すかさず噛みつこうとしたコーの肩に優しく大きな手が触れる。振り向くと、アガスが静かに頷いた。


「みんなとなかよくする。良いことをする、ばかにしない、うそをつかない。

 ええと…………がんばって、守ってるよ?」

「え?」


 カクタスの答えは完璧だった。小難しい言葉ではなく、主の教えを自分なりに噛み砕いて理解している事を意味していた。故に信者の男はようやく自分の置かれている立場に気付いた。

 目の前にいるのは、邪悪で狡猾(こうかつ)な亜人ではなく、心から不思議がっているただの子供だった。


 カクタスの無垢な瞳に見つめられ、彼は狼狽(うろた)えた。

 信仰とは、主とはなんなのか。なぜ亜人は主を信じないのか。『そういうもの』としてこれまで疑問を持たなかった物事が、大挙して押しかけてくる。


 主を信じるとは何なのか。


「く、詳しくは聖典に書いてある……!」

「本……?」


 カクタスの目が輝く。信者の男はその怪しい光にさらに怯む。


「よんでくれる?」

「え、な、なんで……!?」


 当然の疑問である。そんな事を言われるとは全く思っていなかったという顔。


「あんた字の読めない子供に聖典を読めっていうの?」

「え、ええ……!?」


 コーの言葉が決定打であった。

 逃げ場を失った信者の男が後ずさる。カクタスが目を輝かせながら距離を詰める。


「何をしている。早くその汚らしいゴミを追い出さんかッ!」

「し、司祭様……!?」


 そこに飛び込む怒声に、信者の男とカクタスの両方が身をすくめる。例のやせた司祭が頭から湯気を出していた。

 彼は激しい敵愾心(てきがいしん)を漲らせながらカクタスを、そしてアガスを(にら)みつける。


 アガスにしがみつくカクタス、信者の男は叱られた子供のように小さくなっていた。


「あ、あの……私は……」

「言い訳をするな、つまみ出せ!」

「あう……は、はい……」


 完全に萎縮(いしゅく)した信者の男。アガスを威嚇(いかく)するかのように肩を怒らせる司祭。

 そのアガスは静かに視線を脇に向けた。


「まあそうカッカせんと、血管千切れても知らんで」


 ドアを開き、片目の老婆カルミノが顔を出した。(にら)みつける司祭。カルミノはどこ吹く風。


「後は産婆さんが何とかしてくれるやろ。良かったなぁ、教会の設備が壊れて流産とかにならんで」

「そ、それもこれも……!」


「人のせいにせんといてや……でも金の事なら、この子の話を聞いたほうがええかもしれんで」

「ああ?」


 殺意すら籠もった目を向けられ、カクタスはアガスの手を掴んだ。カルミノの後から部屋を出てきたスィが、カクタスの横に立ち頭を撫でた。心が落ち着く。


「ええか? その子は兎人(エリルフレア)やけど、主とは何か、信仰とは何かっちゅうのをマジでホンマに考えとる。

 主の教え、三つの徳を自分の言葉で説明できる子なんてそうそうおらへんで」


「本当です司祭様」

「…………」


 信者の男が司祭に囁きかける。司祭は拳を握り、彼は怯えた目を向けた。しかし、人目があるためそれ以上はない。

 カクタスは怯え、スィの目付きが厳しくなる。日常的な暴力の気配。


「せやけど、文字が読めなきゃそれ以上は難儀やろ? 詳しくは聖典を読め言うてもなぁ……そもそも、識字率が低いんやし、みんなどないしとるんやっけ?」

「…………そのために、毎週礼拝と説法を行っている」

「せやせや! さっすが司祭様やな!」


 カルミノはケラケラ笑い、両手を広げて司祭に近付いた。


「文盲、無学。それを切り捨てんのは唯一にして偉大なる種の教えとちゃうもんなぁ。よお出来とる」

「バカにしておるのか!?」


 芝居がかった言い方。司祭は怒りにブルブルと震えながら怒鳴った。


「いやいや褒めとるんよ。主の愛は無限なんやろ? それが実践されとるんは素晴らしい事やで実際」


 口では褒め殺しているものの、実際にはそうとは思えない。司祭は不審な目でカルミノを睨みつける。


「……それがどうした!?」

「主の愛も知らぬ、文字も分からぬ哀れな(まよ)い子に、理解と慈悲をお与えくださいちゅうこってす」


 優雅にして完璧な一礼。司祭は振り上げようとした拳を止めた。しかし丸め込まれようとしている事に気付き、怒りを膨らませる。


「そんな屁理屈が通じるか()れ者め!!」

「通じへん?」


 カルミノは頭を下げたまま悲しそうに呟いた。


「その子は悪党に監禁され、主の教えはおろか言葉すら満足に喋れんかったんよ。

 人に怯え、部屋の隅で震えるその子を救ったんは、とあるババアの読み聞かせた主の教えやったんよ」


 見てきたように語るカルミノ。その朗々とした語り口は有無を言わせず、遮ることを許さない。


「主の教えがこの子を救ったんや! ほな、人間ではない我が身を隠してでも祈りを捧げたいっちゅう信仰心を慈しむことはあっても、(ないがし)ろにすんのはあんまりやあらへんか?」

「きえええええ!!!」


 司祭は奇声を発し地団駄を踏んだ。理解力の限界を超えたのだ。


「もう知らん! 勝手にしろ! だが、わしには迷惑をかけるなよ!」

「そりゃもちろん」


 壁を蹴り、ものに八つ当たりしながら逃げ出す司祭を、カルミノは鼻で笑い見送った。

 彼女の裾をおずおずとカクタスが掴んだ。


「すごい…………ほんもののカルマみたいだった」

「…………大したことやあらへん、ほらその……一応僕がオリジナルやし……」


 などと言いつつ、カルミノは年甲斐もなく頬を赤らめそっぽを向いた。

 


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