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冒険商人 カルマ・ノーディ の物語  作者: 運果 尽ク乃
【カルマ・ノーディ の物語】  第六話

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その04 全部めちゃくちゃ


『子供を作るには母親側の肉体に強い負荷がかかる。長期間に渡り体調を崩すし、出産には激しい苦痛を伴う。運が悪ければ生命も落とす』


 子供の作り方を聞いた時、メリアはそう答えた。


 つまり、だ。

 カクタスは自分か飛び出した理由をぼんやり考えていた。いや考えてはいない。思考がぷかぷか浮かんでいた。


 妊婦さんが体重を預けたベンチが、ミシッと鳴った。カクタスだから、兎人(エリルフレア)だから分かる程度の小さな、しかし確実で致命的な音だった。

 走りながら耳を外して確認したら、ミシッはメキキッになった。座ろうとした途端に潰れる音だった。


『運が悪ければ生命も落とす』


 メリアの言葉がカクタスの脳内をリフレインしていた。


 妊婦さんがふうふう言いながら腰を下ろすのと、ベンチが壊れてしまうのと、カクタスが妊婦さんの腕を掴むのは同時。

 ベンチの脚はへし折れたけど、妊婦さんはカクタスに引っ張られてお尻から石の床に衝突しなかった。


 代わりにカクタスに倒れかかり、そのまま倒れ込む形になる。

 はたから見たら、いきなり突進したカクタスが、妊婦を突き倒した形。




「亜人だ!!」

「なんで教会に!?」

「ちょっと、大丈夫かい!?」


 怒号と悲鳴が交錯する中、ドスンドスンという足音と共に暴力的な気配が近付いてきた。


「汚らわしいチビのならず者め!」

「待て! その子は!」

「な、なんでもしますから……」


 棍棒を持った痩せぎすの中年男が、憤怒(ふんぬ)の形相で棍棒を振り上げる。

 怖い……! カクタスは反射的に許しを乞おうとし、だがすぐに考え直した。


「あ、ええと ……だいじょぶ……?」

「うう……」


 カクタスにのしかかる形のまま、腹を押さえてうめく妊婦。カクタスはどうしたらいいか分からない。

 そんな二人の前に立ったスィ、棍棒男の矛先が彼女に向かう。


「貴様はあの詐欺師のババアの!」

「メリアさんは詐欺師では……!」

「うるさいうるさい!!」


 ゆったりした法衣、首から下げられた金属の聖印、棍棒男は聖冠教会の司祭。つまりこの教会の責任者であった。


「あの詐欺師の差し金だな! ドブ臭い亜人を教会に忍び込ませて、笑いものにするつもりだったな!?」

「お待ち下さい司祭様、私は聖パトリルクス修道院から来た……」

「どこの田舎だ、知らんわ!!」


 さらに間に入るイウノ、司祭は皆まで聞かずに棍棒を振り下ろす。

 いや、振り下ろそうとした腕を、後ろから誰かが掴んでいた。影のような姿双眸(そうぼう)がギラリと輝く。礼拝堂の薄暗がりが人の形を取ったかのような存在に、一人を除いで誰もが(おのの)いた。


 ただ一人だけ、頬を上気させて今まで見せたことのない笑顔。


「そんなことより司祭さん、妊婦さん破水しそうやで。産婆とお湯と清潔な布、部屋の用意をせえへんといかんとちゃうん? 知らんけど」


 いつの間にか、白髪頭の老婆がしゃがみ込み、妊婦の手を握っていた。

 彼女は、一つしかないオレンジ色の瞳でカクタスを見下ろし、ふわふわの髪を優しく撫でた。


「ようがんばったな」

「…………カルマ?」

「ああ、ちゃうちゃう」


 老婆はシワだらけの顔をさらにしわくちゃにして子供みたいに笑った。左目に黒革の眼帯。


「僕はカルミノ。デディ商会のカルミノやで。元気しとった? ふわふわちゃん」


 カルマは女の人だったの? カクタスはあ然とした。






「げえっ!? ベンチ壊れとるやん!? 座ってたらケガしとったんとちゃうん?」


 その後の仕切りも、結局カルミノが行った。金切り声を上げる司祭を黒檀(こくたん)色の肌の大男が拘束している間に、まずは壊れたベンチにわざとらしく仰天した。

 野次馬たちがざわついている間に、カルミノはスィとイウノを使って妊婦を個室に移動させた。


「うへぇこの部屋むっちゃ汚いやん。イウノ『避難所』かけとき。スィは水! アガスは部屋出とけアホ!」


 蹴り出される巨漢、その頃には司祭は他の信者によってなだめられ、怒ってはいるものの暴れるのはやめていた。

 カクタスは部屋の外で、ドキドキしながら黒檀色の肌をした寡黙(かもく)な男を見上げた。


「あ……スィ、さんの……おとうさん?」


 頷く男。老人のはずなのに驚くほどしわが少ない。短く刈った髪は見事な白髪で、加齢による衰えはあっても鍛え抜かれた肉体は失われていない。

 それでいて、カクタスが一番驚いたのはその穏やかさだった。静けさと優しさの同居した年経た樫の木のようだとカクタスは感じた。全く怖くない。寄り添うことで安心感を得られる存在。スィにそっくりだ。


「か、カクタスです」

「アガスだ。よろしくカクタス」


 端正な顔立ち、低く魅力的な声。小説の通りなら本当に必要な時にしか喋らない人なのに、挨拶をしてくれた。

 カクタスは飛び上がりそうなほど嬉しくなった。


「なに跳ねてんのよ。このばかちん」

「あ……」


 実際ぴょんぴょんしていた所に不機嫌な声がかかる。大仰にため息を吐きながら、コーがやってきていた。その後ろには荷物を抱えたおばあさん。


「産婆さんが来ました」

「はいな、頼んます」


 出産の手伝いでは何もできないコーは外に残る。両手を腰に当ててお怒りのポーズ。


「ごめんなさい……」

「作戦も髪の毛も台無しじゃない。耳を動かすなって言ったでしょ」


 さっきまでピンピンだった耳が急激にしおれる。

 コーは目を三角にしながらカクタスに詰め寄った。小言の二つ三つでは怒りが収まらない。そんな顔。


「椅子に座ろうとして椅子がなかったり、壊れたりすると、最悪腰の骨が折れるらしいわ。

 あのまま座ってたら、あの人はケガをしてたかも、それどころか流産の危険もあったってことじゃない?

 ……約束破ったのはムカつくけど、よく気付いたじゃない。そこは褒めたげる」


 怒りの口調そのままだったせいで、一瞬言葉の意味がわからず、カクタスは目を白黒させた。



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