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冒険商人 カルマ・ノーディ の物語  作者: 運果 尽ク乃
【カルマ・ノーディ の物語】  第六話

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その03 古い教会



「ダメ、没。つまらない、やり直し」

「ぐ、ぐえぇ〜……」


 草稿をメリアに見てもらったイウノが轟沈した。


「まず誰が主人公なのかはっきりしな! エルフの巫女姫か、カルマか、それとも修道院の見習いか。

 それと登場人物は極力削れ、修道院の人間で名前が必要なのは何人だ?」


「ええと……三人てすね。内二人は先生なので『院長』『おばあちゃん先生』でいいかな。そうすると一人です」

「よし、その一人との交流をメインにして他を削りな」


 イウノの書く外伝は難航していた。それに対してメリアの方は順風満帆(じゅんぷうまんぱん)そのものといった所。

 朝一番で提出した草稿を真っ赤に直されて、イウノは轟沈。


「あんまり複雑にすると困るだけだったよ。シンプルにしときなシンプルに」

「はーい……そうすると院長先生関係は薄くて……ボゥお姉様関連に絞って……」


 ブツブツ言いながらメモを取るイウノ。メリアが顔を上げる。部屋の入り口には、もじもじしながらカクタスが立っていた。

 先日買ってもらった晴れ着姿。髪の毛は丁寧に編み上げられている。側頭部でお団子にした髪に耳を巻き付け、花冠を結んでいる。独特だが可愛らしい出来栄えだった。


「どうです?」

「あ、可愛い!」「さすがコー、やるね」


 低い鼻の下をこすって得意満面のコー。彼女自身もすでにおめかしを終えていた。


「お、コーもいい感じじゃね?」

「ばかね、あたしよりもカクタスを褒めてよ、可愛いでしょ?」


 せっかく褒めたのに思い切り拒否され、ヘンが鼻白む。


「へいへい、カクタスも可愛いよ」

「…………おかしい?」

「いや、悪い。ええと……すっげぇ可愛い」


 上目遣いで尋ねられ、頬を赤くしながらヘンは目を泳がせた。カクタスは人を惑わせる背徳的な色香を放っていた。


「じゃあ、行きますか」

「ああ、行っておいで」


 メリアは留守番。街の有力者であるが、教会とは相性が悪いと言って付き合いがない。

 代わりに保護者としてスィと、聖職であるイウノがついて行く。


 目的はお祈り。

 『男爵様』の所で死んでしまったカクタスの『ともだち』……正確には彼の親族、恐らくは母親か姉の冥福を祈るため。


 メリアの屋敷は果樹園に隣接するため、山の中腹にある。町までは少し距離があるが、カクタスももう慣れたもの。

 最初は恐れていた町中のにぎわいも、自分に危害を加えないと分かって来ていた。突然大きな音がしたら驚くけれど、我慢出来るようになっていた。

 

「何度も言うけど、音が気になっても耳を動かさないでよ」


 びくびくしがちなカクタスに、コーが釘を刺す。少しでも大きな音がしたら、そちらに耳を向けようとしてしまう。

 花冠はリボンで補強しているものの、締め付けは強くない。振りほどこうと思えば簡単に解けてしまうだろう。


「もっとガッチリ巻ければねぇ……」

「頭が痛くなるんじゃあ仕方ないよ」


 耳を強く固定して試した際は、カクタスが頭痛を訴えた。そもそも痛みや苦しみを訴えないカクタスであるため、その痛みは相当のものだったと思われる。


「何かあっても私たちが居ますので」


 そう言って手を握るスィ。カクタスは母親にすがりつく子供のように、スィの手を安全地帯と認識していた。

 反対の手はコーとつなぐ、イウノはそんな三人をニコニコと見守っている。


「教会は古い建物なのですが、このところ老朽化が進んでいます」


 町の中心部から少し外れた所にある石造りの教会は、大きく頑丈な建物ながら明らかに古びていた。

 外壁にはツタが這い、隣接する芝生は雑草が生い茂り、花壇も放置されて長そうだ。


 手が行き届かず放置されて、荒れた雰囲気。カクタスはスィの手をギュッと握った。


「大きな声じゃ言えないんですけど」


 イウノが声を潜める。


「アベルによって神聖ホリィクラウン法国が解体される訳だけど、その前まではこういう地方の教会はとっても威張っていたんだって。

 でもどさくさで腐敗や不正が暴かれて、威張ってた連中はクビにされて、残った教会は信用を失って貧乏に苦しんでるらしいよ」


「ここの教会の状態は、メリアさんのせいでもあります」


 スィが頭痛を堪えるように額に手を当てた。


「この町そのものが、メリアさんが引っ越して来た事で潤いました。

 果樹園は品質が良いと太鼓判を押され、契約が変わり収入は安定。仕事も増えて町は活性化。この町はメリアさんと商会に助けられている点があります」


 それだけならば何も問題はない。だが、それが気に入らない人間もいる。自分以外の誰かが儲けたり、いい思いをするのが許せない人種は、どこにでもいる。


「この教会の人間はメリアさんが気に食わないと喧嘩を売りまして……以降メリアさんは教会に寄り付かず、一切寄付をしていないのです」


「それは、教会の人が悪いんじゃないんですか?」

「メリアさんは子供過ぎるんです。そのせいで周囲も遠慮し、寄付金が控えられている。メリアさんは自分の影響力をもう少し気にするべきです」


 にべもないスィ。事実、彼女の言い分も間違いではない。人手が足りず整備こそ行き届いていないが、教会そのものは町にとって必要なものだ。

 良い統治者ならば一時の感情は水に流して、恩を売りつけるように支援するものだろう。


 もちろん、メリアはただの金持ちな市民なので、統治者ではないのだけれど。


 古びて擦り切れ、重く立て付けの悪い扉を開けて中に入る。入ってすぐは礼拝堂で、薄暗いが広い空間だった。

 正面に明かり取りの窓、左右に並べられた長机とベンチ。複数の人が思い思いの場所で祈りを捧げていた。


「後ろの方に座りましょう。場所に意味はありません。祈りにこそ意味があるのです」


 まるで聖職者みたいに微笑むイウノ、カクタスは少し前にいる女性を見た。見たことのない太り方をしている。ひどく苦しそうだ。

 難儀しながらもベンチの背もたれに体重を預け、座ろうとしている。


「…………あのひとは?」

「妊婦さんね、あんた見たことないの? おなかに赤ちゃんがいるのよ。元気な子が生まれるようにお祈りに来る人は多いわ」

「へえ」


 コーの答えに、カクタスは頷いて動いた。考えるよりも早く飛び出していた。誰も制止する暇もなく。

 リボンが解けて花冠が千切れ飛ぶ。カクタスは構わず走った。


 破壊音、悲鳴。そして怒号。



「亜人だ!!」



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