その10 目覚めと呪い
カルマが目を覚ましたのは三日後だった。
全身に傷、高濃度の呪いによる汚染、内臓にも多大なダメージ。三日三晩生死の境を彷徨った。
「う……エイベルとヤーロは……?」
「あはは、鍛え方が足りないんじゃないんですかぁ?」
カルマ目覚めの第一声に、ほんの半刻(一時間)程度先に目覚めたエイベルが応える。エイベルも同様の状態であった。むしろ肉体の損傷は大きい位だった。
普段から荒事をしているため、開いた傷がより大きかったのである。しかし、聖騎士として鍛えているため、体力もカルマより上だった。
「全く、ひやひやさせおって。逃げろと言うたのに、年長者の言う事を聞かんからこうなるのじゃ。麻痺や障害が残らん事を祈れよ馬鹿者どもが……ッ!」
愚痴愚痴と文句を垂らしながらボロボロと泣き続ける姫君、手を握ってあげながら氷のような無表情で睨みつけるアクリス。
「目を離すとすぐに無茶をする。無理にでも着いていけば良かった」
「あはは。ごめんなさい」
もしも、アクリスが同行していたら。結果はどう変わっただろうか。彼女の魔剣はどんな物質でも切り裂く。血色サメに手間取ることはなかったかもしれない。
しかし、彼女の小さな体では魔将の呪詛攻撃に耐えるのは困難だ。耐えきれずに命を落としていた可能性が高い。
「カルマさんは、もうそろそろご自分が戦士ではなく商人だとご自覚ください」
替えのシーツと包帯を抱えてに部屋に入ってくるメリル。姫君やアクリスが心配をしすぎて、素直に心配できなくなっていた。
「ごめんメリーくん……それで、ヤーロは?」
「……………………」
重苦しい空気が部屋を包む。
「ヤーロは?」
彼がいなければ、魔将を完全な状態で召喚され、この一帯は地獄の様相を呈していただろう。
神聖ホリィクラウン法国と、オールガス帝国の連合軍をもって事態の収束にあたる必要があった。
姫君も日緋色金ゴーレムの軍団を起動したはずだ。
その上で、すさまじい犠牲が山と積まれる事になったであろう。魔将は国家レベルの災害であっま。
「魔将は死に際に呪いを放った。妾でも手も足も出ぬようなすさまじい呪いを。ヤーロは奴が生まれる前に殺したのじゃ。呪いを受けるのは当然じゃった」
「…………私の指輪は?」
エイベルの問いの答えは、枕元にあった。どす黒く変色して、酷く捩れた小さな残骸。
魔除けの指輪だったもの。
言葉を無くすカルマ、エイベルは悲しげに手を伸ばす。
「あはは……返すように、念押ししたんですけどねぇ……」
「亡くなったわけでは無いんですよ、ですが、その……」
メリルが言葉を濁す。死んではいない。死んでないだけ。
「どんな呪いなんです?」
「言うなれば『百年継眠の呪い』。百年間目覚めることなく昏々と眠り続ける」
それはある意味で、死よりも残酷な呪い。百年は長く、人の一生は短い。目覚めた時、ヤーロを知る者は誰一人この世に亡く、ヤーロの知る世界は何一つ残っていない。
ただ一人、長命種である姫君だけがその定めの外にあるが、彼女とて、ヤーロと孤独を分かち合うことは不可能である。
なぜならば姫君は、より一層の孤独の世界に住むものであるが故に。
「任せろとは言いづらいが、ヤーロが目覚めた時に何があったのか位は伝えておこう」
「お願いします」
だからこそ、何もかも失ったヤーロを導くこともできるのだけれど。
「…………」「…………」
重々しく沈黙するカルマとエイベル。カルマにとっては、ほんの一日程度の付き合い。
エイベルにとっての彼がどんな男だったのかは、分からないけれど。
「ヤーロが言っていたね」
「…………」
「これからの時代に必要なのは、エイベルみたいな人だって」
カルマの呟きに、エイベルが表情を無くす。言っていた。言っていたけれどそれは正確ではない。
エイベルやカルマのような人だと、ヤーロは言ったのだ。
「エイベルが、世のため人のために自分を犠牲にできる人だから、そう言ったんじゃないか? 平和のために身を粉にして働ける人間だから……」
「あはは、それって自分もそうだとでも言うつもりですかぁ?」
姫君の言う『二人が似ている』をエイベルは皮肉った。自分に変な言いがかりをつけると、お前にも跳ね返るぞとばかりに釘を刺す。
しかし、その言には普段ほどの切れ味がない。だからカルマは苦く笑って頭を振るだけ。
「いや、僕にはそんな偉大さはない。僕はもっと狭い範囲しか、手の届く範囲しか助けられない」
エイベルの目付きが鋭くなる。その横でアクリスが小さく微笑む。
「僕らが似ている点は、世の中の……世界の無常に対して、立ち向かう所だよ」
「あはは、馬鹿じゃないですかぁ?」
「バカなんだよ。僕も、君も。世の中の仕組みに心から苛立ってる。僕は戦争を憎んでいて、君は君で我慢ならない何かに復讐しようとしている」
「…………」
エイベルは否定しなかった。ただただ、乾いた笑顔の下に苛立ちを募らせた。
「百年後、彼が目覚めた時……」
「あはは。私の理由はもっと身勝手で、反社会的で、人道に反したものですので」
エイベルは微笑んで拒絶した。
いつもの乾いた笑みだったが、ひどく揺らいで見えた。
「でも結果的に、ヤーロのためになるようなことになるかもしれませんけどねぇ」




