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冒険商人 カルマ・ノーディ の物語  作者: 運果 尽ク乃
【冒険商人 カルマ・ノーディ】  第六巻

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その08 闘鬼と運命


「敵の目的は邪神の高位眷族(けんぞく)の召喚です。すでに大量の生贄(いけにえ)を捧げ、儀式は進行中。私では進行度合いが判断できませんが、おそらくかなり危険な状況です」


 偵察から戻ったシバドの報告は極めて剣呑なものだった。


「領主の館は常時『霧』に包まれ、眷族(けんぞく)の類が徘徊しています。

 壁の内側にはおびただしい数の死体が積み上げられ、目も当てられない惨状です」


「攻撃を仕掛けよう。エイベルさん、ここの人たちをよろしく。それと、ナライに連絡頼む」


 誰よりも素早く、ヤーロが判斷を下した。未だ召喚前なのであれば止められる。被害も抑えられる。


「おれが切り込んで時間を稼ぐ」

「ヤーロさん、それは無謀だ」

「だが、あまり人手を割くわけにもいかねーよ」


 傭兵隊長ナライに伝令を飛ばすならば、最速なのはシバドであろう。子供であるアクリスは論外。戦力を考えるとアガスをここから連れ出すわけにも行くまい。


「僕が行く」

「カルマさん……!?」

「僕は魔法使いで、兵士の経験もある。ついでに逃げるのも得意でね、危なくなったら二人で逃げるよ」


 制止するメリルの背中をカルマが軽く叩く。メリルはもう青年だ。頭を叩くには大きくなりすぎた。


「呪い避けの指輪です。高いんでちゃんと返してくださいよぉ?」


 エイベルが指から外し、適当な紐に通してヤーロに渡す。魔法を使えるカルマの方が呪詛による攻撃に強い。

 カルマは心配そうなアガスに頷きかける。夜間行軍の経験もあるし、邪神の怪物を祓う『聖火』の魔法もある。


「話は聞かせてもらった! (わらわ)も行く!」

「ええ、お姫様は危ないから待ってて下さいよ」


 いつの間にか外出していた姫が、威勢よく飛び込んでくる。


「ん? もしかしてカルマお主、妾のことを可愛いだけの弱い小娘と勘違いしておらんか?」

「世界一可愛くて、性格も良くて、高貴なのにお茶目で案外庶民的で取っつきやすいと思ってますね」

「いちゃつくなら外でお願いできますぅ?」


 エイベルの声は二人に届かず。姫君はやれやれと肩をすくめた。


「お忘れのようじゃが妾は邪神の手先から世界を守るために遣わされた『虚無守り(ヌルガード)』じゃぞ? 近接戦は苦手じゃが上位眷族(けんぞく)くらいなら殴り合えるわい。

 それに今だって散歩ではなく、近くの遺体を弔って浄化、緩んだ結界を強化しておったのじゃ!」


「忘れてた」

「え? 本当だったんですかぁ?」

「自称『虚無守り(ヌルガード)』ってなんじゃ?」

「だって、目がぁ」


 『虚無守り(ヌルガード)』は地域によっては『吸血鬼』と呼ばれ忌避されている。その特徴の一つに血の色の瞳があげられる。

 姫君は前の事件で両目を傷つけられ、代わりにカルマの片目を貰っていた。瞳の色はカルマと同じ明るいオレンジである。


悪魔(デーモン)狩りなら任せよ」


 エイベルは少し考え込み、そして小さく息を吐いた。


「四人で行きましょう」





「『聖火』」「『霧祓い』」


 領主の屋敷は深い霧に沈んでいた。霧の色は赤。『戦争の赤い星』と呼ばれる邪神の魔力の色だ。

 暴力による支配、破壊や略奪を好む。その眷族(けんぞく)闘鬼(ヘリオン)と呼ばれ、多くは人に近いシルエットをしている。


 しかし近いというだけで実際には全く異なる。四肢の一部、時には頭の代わりに武器が埋め込まれたような連中だ。


「『赤い星』ならば搦手(からめて)はあるまい。囮を使って騒ぎを起こし、その隙に儀式を邪魔するのはどうじゃ?」

「あはは、その囮は誰がやります?」

「ウェンディゴじゃな」


 姫君が指を鳴らすと、白く巨大な生物が呼び出された。

 外見は熊に似ているが、とにかく大きい。直立すると4メルト。平屋の屋根よりも大きい。全身の毛皮は輝く純白、鼻と瞳は黒曜石のように濡れた黒。前脚に生えた鉤爪は肉厚で鋭い。


 白熊(ウェンディゴ)は北部の永久凍土やさらに北の北極圏に住むとされる『冬を呼ぶものイスワーン』の眷族(けんぞく)獣だ。それが三頭。

 巨体に見合わない身軽さで塀を乗り越え、敷地内に侵入。即座に獣とおぼしき雄叫びと威嚇(いかく)音、そして戦闘の喧騒がはじまり、終わった。


「よし、急ごう」


 カルマたちは正面から突入。遠くからまた戦闘音。それに引き寄せられるかのように、小走りに近付いてきた下級の闘鬼(ヘリオン)

 体長は180セルト、頭は黄色いよだれを垂らした犬のそれで、発達した両腕の先はトゲ付き鉄球と金槌になっていた。


 破邪の剣を杖に取り付け済みのヤーロが躍りかかる。エイベルによる『剛力』、カルマの『白熱』、姫君の『魔剣』がその一撃を強化。

 そもそも、ヤーロの動きは素晴らしく俊敏であった。ヘリオンが身構えるよりも早く袈裟斬り。輝き白熱する刃は異形の戦士を両断し、赤い(もや)を残して消滅させた。


「魔法は消耗するから使わなくていい。ザコならどうせ一撃だよ」

「強いね、隊長が推すだけの事はある」

「だろ?」


 ニヤリと笑うヤーロ、カルマは彼のそんな茶目っ気に微笑む。


「だがおれは人や怪物を斬るしかできない。これからの時代に必要なのは、あんたやエイベル様みたいな連中さ」

「えぇ……」「えぇ……」「ぷぷっ、二人とも同じ顔しとる」


 鼻白む二人。並べられると拒否感が出るのは、同族嫌悪なのかもしれないとカルマは思った。


「おれは『強大なものを殺す』運命らしい」

「草原出身?」

「そうだ。でも、そんな運命は別にいらないよな。殺し合いなんて無い方がいいし」


 草原の部族では占い師が力を持つ。新たに子どもが生まれたならば、その子が背負う運命を占うのは当然のことである。

 勇者となる男、ヤーロ。


 その運命の日がまさに今日であるなど、知る由もないまま。


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