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冒険商人 カルマ・ノーディ の物語  作者: 運果 尽ク乃
【冒険商人 カルマ・ノーディ】  第六巻

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その06 説法と密告



「石をぶつけた時、司祭様は言っておられました……こんな蛮行を主がお許しになるはずがない。石を投げた全員が呪われろと」

「それは自分が助かりたいから吐いただけの言葉ですぅ。主はその程度のことで呪いません。悔い改めて善行を積み、罪を(あがな)うことで必ずやお許しになられるでしょう」


「あいつらは、邪神信仰者どもは言っていました。唯一にして偉大なる主などいないと、幻の嘘っぱちだと。その証拠に、どんな悪行を重ねても天罰が落ちないと」


「あはは、そりゃ奴らお得意の詭弁(きべん)ですよぉ。主は我々とは存在の格時点で異なるのです。

 主は我々を見守ってくださっておられますが、その慈悲と寛容は無限です。どのように偉大なる者も、人である以上過ちはあります。


 罪を重ねて悪事に溺れ、それでも老年になってから成したたった一つで歴史に名を残した偉人だって居るのですからぁ。

 主はみだりに罰を与えません。最期まで諦めずに見守って下さるのですぅ」


 人々の言葉に真摯(しんし)に答え、主の教えを与えるエイベルの姿は、本当に聖職者のようであった。


「怒ってますよね、あれ」

「何に怒ってるのか分からないけどね」


 メリルの同意に曖昧(あいまい)な返事をしながらも、カルマは理解していた。エイベルは怒っている。ひどく苛立っている。

 彼女は主の教えを理解している。しかし、その全てに同意している訳ではないのであろう。


 例えば、無限の慈悲と寛容など不要と思っているとか。


(わらわ)のような存在は、龍がこの世界に直接干渉をやめるために生み出された」

「昔は直接干渉があったんですか?」


 囁く姫君にメリルが尋ねる。姫は重々しく頷いた。


「永久凍土、大陸を分断する山脈、その東部に広がる広大な砂漠、南部にある大汚染域、東部にある巨大湖は……知らんよな?

 とにかく、介入のせいで大陸はあっちこっちにガタが来ておる」


 世界創造に関わった存在だけあって、やっていることの規模が大きすぎる。カルマたち現代人にとっては、それらはそこに存在する自然現象のようなものだ。


「あはは、さてみなさん。今の状況はおわかりですねぇ? この街は邪神信仰による危機にあり、ホリィクラウンの聖騎士団が攻撃を目論んでいます。

 奴らはどこにでもいます。見分けをつけるのは困難ですよねぇ?」


 人々の間に怯えた空気が漂う。この場にはいないと信じたくても、もしかしたらという疑念は尽きまい。

 エイベルは乾いた笑みと底冷えする瞳で人々を見回した。


「でも、皆さんの中にはいないと信じております。そして、皆さんの大事な人の中にも。

 今から皆さんにはこの場所を離れ、一人でも多くの信じられる人を集めて頂きたいと思っています」


「え、ちよっと……」

「静かに」


 止めようとしたカルマをヤーロが制止、岩のような筋肉と鋭い視線。

 だが、それは危険だ。カルマは叫びだすのを堪えた。でなければ、ヤーロに何をされるか分からない。彼の太い指は、カルマの首くらい素手でもへし折れる、


「危険だ」

「だよなぁ」


 小声のやりとり。諦めたようなヤーロ。カルマは彼を睨みつけた。こうするつもりだったエイベルに、言い付けられていたのだろう。


「あはは。でもここまでは、そちらの目的と一致していますよねぇ?」


 話が終わり、悪びれる様子もなくエイベルがカルマに笑いかける。

 人々は動くか動くまいか、いまだ迷っている様子。ここが安全だとも言い切れないが、外は明らかに危険でどこに邪神信仰の目があるのかは分からない。


「あの人たちのうちの何人が、生きて戻ってくると思いますぅ?」

「彼らを餌に釣りでもするつもりか?」

「あはは」


 非難めいたカルマの口ぶりに、エイベルは乾いた笑みで応える。


「『釣り』。それですよそれ。ここに居た人たちの中にも、私たちを売って邪神信仰者に擦り寄る輩は居るはずですぅ。

 でも、私が欲しいのはそんな下っ端じゃありませんしぃ」


「小悪党は泳がせて、大物を釣るつもりじゃと?」

「本当は小悪党も一網打尽にしたいんですけどねぇ」


 だがその計画は、つまり焼き討ちはカルマたちが止めている。これはその代わりだ。全員焼き殺すよりも、まだ可愛げがあるだろう? エイベルの目がそう語る。

 すでに譲歩しているのだから、これ以上はできないぞと。


 カルマに出来るのはエイベルを(にら)むことだけ。

 一人でも多くの人を助けたいのなら、エイベルの行動に間違いはない。しかし、最初から犠牲を前提にするやり方は容認できない。


「あはは。文句がある、という顔をしてらっしゃいますねぇ」

「当たり前だ……でも、悔しいけれど今のところそれ以上の手段が思いつかない」


 カルマの苦しみに、エイベルは湿った笑みを浮かべた。それを見て、メリルは嫌悪の目を向け、姫君はひとり納得する。


「カルマ」


 姫が優しく囁きかける。その一つしかない目は、エイベルから離さないまま。


(わらわ)はエイベルがお主とよく似ていると思っていたのじゃが……一つだけ決定的に違うのう」

「え、どこが似てるんです?」「あはは」


 明らかに不服なカルマと、表情を無くすエイベル。姫君が何を言い出すのかを冷え切った目で見据える。


「エイベルは、復讐する側じゃろ?」

「…………?」


 それでは、真逆なのでは? カルマの困惑に姫は微笑むだけ。逆なのに似ているなんて、あり得るのか。


「あっ」


 納得の声を上げるメリル。しかし、すぐに首を傾げた。上手く言語化できない。

 メリルはエイベルとカルマを見比べた。似ている? どこが? どこかが。それは分からない。


「僕の信じるカルマさんは誰かを犠牲にしたりなんかできなくて……待て、そうか」

「あはは。君、子供だと思ってましたけど……」


 その目が正解だと告げていた。そしてエイベルの人差し指が、メリルの唇に付けられる。


「あはは」


 それ以上のヒントは口にするな。やんわりとしたお願い。メリルはカルマを見た。冷静な時のカルマならば、こんなことすぐに分かるだろう。

 なら、メリルがするべきことは一つ。


「市民の皆さん! 皆さんの安全のために、これだけはお願いします!」


 動くか否か決めあぐねる人々に、その背中を押すために。


「密告をしてください! ぜひ、僕らを! ここに潜んであなたたちを扇動しているって!」


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