その02 お久しぶりとワルい女
「失礼しました。自分はナライ・ビプシルド。貴族ですが貧乏男爵の三男坊。つまり生まれがいいだけの傭兵だ」
長帽子の男が非礼を詫びる。帽子によって大柄な身体がさらに大きく見える。隊長である彼の巨体で敵を威圧するためであり、味方を鼓舞するためだろう。
「ノーディ商隊のカルマです」
「失礼ですが、今のサインはどちらで?」
「そちらの御婦人の密偵が、先日教えてくれましてね」
エイベルは聖騎士として、邪神信仰との戦いに日々を費やしている。他にも挙動の怪しい貴族を調べたり、不正を暴いたりと、つまる所監査のような仕事をしている。
カルマは何度かその仕事に薄給で付き合わされていた。
一時期は距離を取っていたものの、この所は最低限の連絡を取り合っていた。
行く先々で邪神信仰の動きが活発なのだ。自衛の他に情報は必要だった。
「あはは〜。駄目ですよカルマさん。次からは仲間のふりをして友好的に情報交換をしてくださいよぉ?」
「今回それやってたら僕らは矢衾でしたよね?」
「あはは」
「おう、なんじゃこの女。目が全く笑っておらんぞ?」
「そういえ人なんです。噛みつきはしませんから」
ヒソヒソとささやき合う姫君とメリル。すると件のアベルが底冷えする青い瞳を二人に向けた。
「はじめまして、お噂はかねがねぇ」
「む。妾を知っておるのか?」
「はい〜。カルマさんが身の丈に合わないすこぶる付きの美女をお嫁さんにしたと。美人とは聞いていましたが、想像以上で驚きましたぁ」
全く驚いた様子も見せずエイベル。彼女が差し出した右手を姫君が掴む。
「田舎者ゆえ申し訳ないが、氏族の掟で名は夫にしか明かせぬ。アレでもお前でも好きに呼ぶとよい」
「それは失礼というものでしょう〜。皆様はなんと呼んでいるんですかぁ?」
「姫君」「僕のお姫様」
「では私もそう呼びますかぁ。綺麗なお肌、髪の毛……雪姫、鴉姫……」
ブツブツ言い出すエイベル。彼女を無視して、カルマはナライに向き直った。
「僕らは普通に行商に行く予定だったんだけれど……もしかしてあの街はやめたほうがいい?」
「ああ、今やあのショウキーの街は邪神信仰の巣窟だ。邪悪な儀式もしてるって噂だろ。
俺やエイベルさんの仲間が偵察している。今日この宿場で落ち合う予定なんだ」
カルマはしばし考え込んだ。この先に向かうのは危険だ。では、尻に帆を立てて逃げるか? その場合ここまでの旅費が無駄になる。
「なんですかぁ?」
「美しいものを見ると目の保養になるのですよ」
「妾の前でよくもほざきおる」
エイベルを盗み見た途端に目が合ったので誤魔化す。この女ののんびりした雰囲気はフェイクだ。
いや、顔と口調がそうなだけで、中身は反撃の機会をうかがう小動物のように鋭敏で警戒心が強い。
そして何よりも、あの女はすこぶる付きの吝嗇家だ。自分自身にも金をかけないし、他人への報酬も極力切り詰める。
そうやって貯めた金がどこに流れていくかは知らないが、彼女が関わると儲けにならないのは確かである。
ここでエイベルに協力を申し出ても、報酬は名誉払いだろう。
「やっぱり駄目だな、どれだけ目を凝らしてもエイベルは金蔓には見えない」
「美しいって、そういう?」
「カルマさんはぁ、食料品や武具は扱ってますかぁ?」
金蔓扱いに文句の一つも言わず、エイベルが問いかけた。考え方によっては、ここに行商人が来たのは渡りに船。
必要な物資の不足を補える可能性があるというものである。
しかし、なんだかんだで買い叩かれるのは目に見えていた。
「トリスタンさんは?」
「街に行って居ますねぇ」
「ならいいか、お代はまとめて彼に請求します」
逆に、金払いがいいのがエイベルの相棒である青年聖騎士だ。ヒョロリと背の高い鷲鼻の男。彼との交渉は楽なものである。
「いいですよぉ、何がありますかぁ?」
「食料品は保存食と高価な嗜好品ばかりです。お酒も地方の特産になりますね」
話の流れからすでに準備を始めていたメリルが、宿の一つの軒先に布を敷く。折りたたみ式の机に酒、香辛料、お茶、煙草や甘味を手際よく並べる。
アガスは数少ない武具を取り出す。こちらも高級品ばかりだ。
「メリー、妾は? 妾は?」
「お姫様までメリーって呼ばないでください。それと、今回は剣呑なのでいつものは無しです」
「ケチじゃのぅ」
「どっちの意味です?」
「両方じゃ」
カルマとメリルの関係を茶化してか、姫はしばしばメリルをメリーと呼ぶ。
当然メリルは嫌な顔をした。しかし、カルマに対するよりもなぜだか当たりは弱い。
ちなみに、姫は外見が美しいだけではなく名前通りの高貴さを漂わせている。
そして山奥の隠れ里で暮らしていたからか、姫は世の中の何もかもに好奇心旺盛だった。
「いつもはどうかお願いしますと頭を下げておるというのに」
一見すると冷たい美人で、眼帯もあって近寄りがたいが、実は人と関わるのが好きで、物怖じせずにどんどん話しかける。
表情も豊かであり、売り出したい布地や帽子を着けてもらうことで、本人も楽しみ、なおかつ売り上げにも貢献していた。
もちろん、本人のプライドの問題で、メリルがお願いする形なのだが。
とにかくこの場においては不要な色気だ。
「隊長、ヤーロさんとトリスタンさんが戻られました!」
見張りらしい男が声を上げる。隊長と呼ばれたナライの目つきが鋭くなる。
どうやら、斥候隊の帰還のようだった。




