その01 癇癪持ちのクソババア
「小娘小娘小娘っ! 小間使いの小娘はどこに行ったんだい!? この寒さで足が痛むんだ、早くさすりな!」
甲高い声が声高に不満を叫ぶ。身長140セルトもない小柄な老婆が、その外見からは想像もつかないほどの横柄さで小間使いを呼ぶ。
暗い部屋だった。魔法で暖められ快適な温度であるがゆえに、暖炉に火も落とされず、小さな燭台の細い明かりだけがこの部屋の照明だった。
老婆は揺り椅子に座り、机に向かっていた。机の端にはティーポットと、空のカップが積まれている。
質の粗い、しかし貴重なパルプ紙が散乱し、丸められている。
それらには細かい文字でびっしりと文章が書かれていた。
見るものが見れば、その内容に驚くことだろう。
【冒険商人 カルマ・ノーディ 第七巻】。
それらは世間で流行りの小説の仮原稿であり、この偏屈な老婆こそが他ならぬ書き手なのであった。
「ああクソッ、ふざけやがって冗談じゃあない。何が発売禁止だ何が有害だ。もっと穏便な内容に書き直せだと? てめえらにカルマの何が分かるってんだ!」
とつぜん老婆はツバを飛ばして、激昂した。拳を机に叩きつける。しかし、華奢な腕では高級で頑丈な机は小揺るぎもしない。
そのことが余計に癪に障り、老婆は机を蹴っ飛ばした。
「ぐああああ!? なんて重い机なんだい! あたしを殺すつもりか!?」
自分で蹴っておいて自分で怒り狂う。小間使いが来ないのも頷ける理不尽さだ。
彼女が荒れているのには幾つか理由がある。まずは性格。この老婆は上機嫌というものを知らない。
いつでも不機嫌で、いつでも文句たらたらで、いつでも不満だらけだ。
おまけに目が悪いから光は落とせだ、足が痛いだ肩が凝るだ。言われた通りに揉みさすったとしても、少しでも力を入れ過ぎたなら痛いと叫ぶし、力が弱いと手を抜くなと叩く。
それでも彼女は人気作家だ。その上金持ちであり、身寄りがない。
我慢して擦り寄る小間使いは数え切れない。現に今の小間使いも、小説のファンで、たくさんチップを貰って、いい暮らしがしたいと思ってやって来た。
しかし実際に待っていたのは癇癪ババアの怒声と折檻。無視したくなる気持ちも分かるというもの。
老婆の怒りは収まらない。
彼女が怒っているのには、他にも二つ理由がある。
一つ目は、彼女の書いた小説が、帝国内で販売禁止になったことだ。理由については明確だ、政治的な問題と差別への非難を直球で叩き付けたからである。
もう一つは、最新七巻の話がまったく決まらない事である。筆が乗らない。進まない。そのことが余計に老婆を苛立たせている。
「小娘小娘小娘ーッ! いい加減に来ないとクビにするよ!!」
「メリアさん、例の子は今朝辞めましたよ? 一週間保たなかったな」
「あ!? そうだっけか!?」
トレーにお茶のおかわりとランタンを載せて、コックのマルーが顔を出した。
老婆メリアの屋敷に仕える五人の一人。いや、今朝一人辞めたから四人の一人。
名前と逆に痩せた老人で、いつでも仏頂面。無愛想。
だが、メリアとは一番付き合いが長く、文句を言える数少ない人物。
「メリアさん、小間使いの子をいじめるのはやめてください。口利き屋も文句タラタラですぜ?」
「ああ? 役立たずを役立たずっつって何が悪いんだよ!」
「こんな暗い部屋であれ取れこれ取れ、普通の子はできないんですよ」
部屋は昼間から真っ暗だ。それ故に、新しい小間使いは物の配置も分からない。老婆が床に投げたものを踏んですっ転ぶ。怒鳴られる。殴られる。
それは辞めてしまうのも頷けよう。
「ヘンかコーを貸してくれよ」
「駄目です。あの子らまで辞めたら屋敷が立ち行かなくなる」
「チッ、役立たずばっかりだね!」
「偏屈な婆さんの世話をしてくれるだけマシだと思ってくださいよ」
机の上の空のティーポットとカップの山を、新しいティーポットとカップに交換して、マルーは部屋を後にした。
「…………しかし、困ったね。どうしたもんかな」




