その10 どっちが強い?
「日緋色金のゴーレムって、バロード様とかジンよりも強いんですか?」
「アイツらと比べちゃいけないよ」
コーの質問にメリアは苦笑いした。興味を持ったのかカクタスも目を輝かせている。
「前も似たようなことを言ったが、『当時の』あの二人じゃ二人がかりでやっとじゃないかな。いくらバロードでもオリハルコンは斬れないだろうし、たぶん」
「前?」
「あの二人はずっと最強だった訳じゃなく、互いに競い合っていたから最強になったって話さ」
イウノが納得する。剣聖と剣豪も最初から完成されていた訳では無い。
「『ラストイル』の頃にはバロードは奥義を開眼してるし、ジンは『黒い剣』があるから、どっちもゴーレムより強いな」
『魔王ラストイル』の『異界侵入戦争』は三十年程前に発生した。『ラストイル』と名乗る異次元からの侵略者との戦いである。
邪神の眷族どもともまた違う悪夢の怪物どもを相手に、大陸中が一丸となっての一大決戦だった。
バロードほ戦いの中で『剣の頂の向こう側』を見たとされている。自著にもそうあるが、それが一体何なのかまでは言及されていない。
ただ、以降は水を切るように鉄や石を撫で斬りにした。
ジンはその前の『オールガス侵略戦争』で、魔法の両手剣を得ている。
邪神の最上位眷族との死闘の最中に奪い取ったその巨大で禍々しい、材質不明の両手剣は、ひたすらに重く頑丈だった。
ジンの怪力でしか扱いきれず、ジンの怪力に耐えられる。
明らかに呪われている外見も、時々勝手に震えたり唸ったり邪悪な気配を出す異様性も気にかけず、ジンは生涯その剣を愛用した。
現在は聖冠教会が厳重に隔離管理している。
「バロードは『皮』どころか『影』まで斬れるから、オリハルコンすら斬りかねないね。
ゴーレムどもは『骨』の|ジャガーノート(巨大戦車)と互角だったから、ジンより弱いだろうね」
「『皮』?」「『骨』?」
「ああ『ラストイル』の下僕どもの通称さ。人の皮をかぶった不定形の『皮』。
筋肉で作った蜘蛛みたいな『肉』。生物の骨で作る戦闘機械を『骨』。
それと、人間に似てるけど全身真っ黒で人形みたいな『影』。
子供が見るような連中じゃなかったよ」
説明をしながら、メリアは当時のことを思い出して苦虫を噛み潰したような顔になった。あの戦いは地獄だった。
邪神の狂気の怪物以上に、『ラストイル』の連中は悪夢じみていた。
「『ラストイルの異界侵入戦争』で、ゴーレムたちは全滅してる。平気な顔して生き残ったアイツら二人の方が強かったって事だな」
「おおきいのも?」
カルマでは言及されこそすれ活躍しなかった、10メルト越えの日緋色金巨像。
その絶対的な質量は、通常の方法で破壊するのは不可能であった。
「『骨』の弩級兵器と『肉』の百腕巨鬼との連戦だったからね。
巨像の活躍で、味方の被害は軽微だったよ」
15メルトもある巨大兵器と、無数の触手を振り回す巨大な肉の華。どちらも通常の方法で撃退するのは困難な相手だった。
「お姫様は、それでよかったの?」
「虚無守りの存在理由は、この世界を『外なる混沌』から守ることだしな。ゴーレムたちはそのための存在でよくぞ大役をこなしたと言っていたよ。
まあ、備えが減ることを懸念はしていたけどね」
ゴーレムは邪神の高位眷族に対抗するための武装だった。
それを失ったことは、姫君の存在価値に関わることになる。
「でも結局、代わりを用意すればいいかなって言ってたな」
「代わりですか?」
イウノの疑問は当然のものだろう。古代の超兵器であったオリハルコンのゴーレムに対して、何ならば代わりになれるのだろうか。
「難しいけどね」
微笑み、メリアは誤魔化した。
人間がなるしかない。ゴーレムたちを、古代の備えを使い果たしてでも生き残ったのだ。人間が、生き残った者たちが代わりになる他ない。
そのために、大陸中に広げたネットワーク、監視の目、国家に匹敵する私兵戦力。
いつかきっと、その時が来たら。
あの人は英雄にされてしまうだろう。偉大なる始祖として、世界を守る一群を率いる姫の、伝説の配偶者として。
メリアはその時を望まない。絶対に。
「そもそも、世界を邪神の眷属どもから守るのは姫君だけの仕事じゃない。虚無守りは他にもいる。
まあ、ほとんどは人間の社会とは隔絶した場所で暮らしてるけどな」
「なんで?」
「人間がめんどくさいからだな」
人間はどの種族よりも強い。個体能力や繁殖力、工業力、社会性、生存能力。その総合力で勝っている。
一つ一つでは特化した亜人には劣るはずなのに、他の何よりも強い。そして、彼らが作り上げた王国の多くは、亜人たちには居心地が悪いものだ。
大陸西部、中原の支配者であるオールガス帝国は亜人への締め付けが厳しく差別が強い。
カクタスと教会の件でも分かるように、通常生活でも支障が出てしまうほどに。
「それでも」
「未来に希望を持って生きられるのは若者の特権だよ」
何かを言い募ろうとしたコーをメリアは悲しげに笑い黙らせた。
優しく理解ある個人の力で、今の関係は安定しているように見える。しかし、それもいずれ崩れ去るだろう。
社会という大きな流れの前で、個人の力はいつでも脆弱だ。
「フフッ、では」
何が楽しいのか、イウノがクスクスと笑いながら言った。
「メリアさんはまだまだお若いって事ですね!」




