その09 キャロルとカルマとカルミノ、ついでにカース
「そういえば、前から気になっていたんですけど、キャロルのモデルっているんてすか?
カルミノさんに聞いても教えてくれないんですよね」
おみやげを食しながら、イウノがメリアに尋ねた。メリアもすぐに執筆ではなく、もう少し彼女たちと話すことを選んでいた。
イウノはカルマのモデルになったカルミノ会長の丁稚として働いていた。当然聞く機会はあっただろう。メリアは想像して人の悪い笑みを浮かべた。
「そりゃ、恥ずかしいのさ。あの人は当時のことを思い出したくないからね」
「…………?」
「ちょっと分かりにくいんだがね……実はカルマの物語と現実では時間軸にズレがあるんだよ」
メリアは少し考え込んだ。何と説明すればいいのか、あるいは説明していいものか。
「隊長の死後、アタシたち三人は部隊の仲間の故郷を回る途中で商人になった。ここまでは本当さ。
だけど、アタシやあの人が選んだのは平和主義の行商人じゃなかった」
初めて聞く話に、コーが困惑の目を向ける。カクタスは小首を傾げ、イウノは好奇心に目を輝かせた。
「アタシたちは、隊長の正しさを証明しようとしたのさ。武器と暴力を利用すれば、戦争をなくせると思っていた」
「…………キャロル、の?」
カクタスの言葉にメリアは頷いた。
「シートラン貴族は名前が複雑でね。あの人の名前も『カルミノ』じゃなくてもうちょっとだけ長かった。
『キャロル』は子供の頃の愛称さ。逆に『カルマ』は戦場での愛称だった」
『キャロル』の生き方をしていたカルミノ会長は、つまりどこかで行き詰まった。
「タウリヤと同じさ。新しいおもちゃを手にしたら、使いたくなるやつはどこにでもいる。
アタシらは結局、人の優しさとか、道徳とかを信じる甘ちゃんだった。だか、失敗して、止めることができたと思い込んだ小競り合いが激化して、人がたくさん死んだ。
あの人のメンタルも悪化したし、アタシらはまだまだ新米だった。
だから一念発起して、争いごととは無関係の平和で笑顔を届ける大道芸人みたいな商人に鞍替えしようってなってね」
カルミノには苦い経験でも、メリアは大切な思い出だった。上手く行かなかったが、やろうとしたことは間違いではなかった。
だからカルマの思想対立させる相手としてキャロルを出した。五巻でなし崩し的に和解はしたが、結局対立関係は消えない。
カルマが平和主義を貫くのならば、暴力は必ず立ち塞がる。キャロルはその象徴として、光と影のようにあり続けなければならない。
もちろん、互いを認めた上で。
「え? そうするとエマとカースは?」
「二人ともモデルは居るよ。どちらも元気にやってる。一緒に行商してたこともあるね」
コーの質問にメリアは遠くを見ながら答えた。エマを拾ったというか、掘り出したのは甲雲戦争の後かなり早い段階でのことだった。
スクラップにしか見えない残骸に、カルミノほ大はしゃぎで金を湯水のように注ぎ込んだ。もちろんメリアは大反対をして、当時は毎日ケンカをしていた。
金銭的に災難だった。もう二度とごめんだ。
彼女が動くようになるまで十年以上かかった。正確には、彼女を修理できる技術者が見つかるまでそれだけの時間がかかったのだ。
カースは、次の戦争の直前に出会った。商隊の護衛に参加していたのだが、些細な理由で口論になっていた。
早い話が、カースの口調と態度と服装が咎められたのである。
危険な道を移動する際に、商人たちが寄り集まって移動し、護衛を付けるのはよくある話だ。メリアたちもそこに参加し、山賊が出るという街道を移動していた。
「ケヒャア! 隊長さんよぉ、ちょいと馬を飛ばしてこの先の確認に行かしちゃぁくれやせんかい?
それと、この足だと宿場に付くのは夕方ギリギリになっちまいやす。あんまりチンタラしてたらいい的ですぜ」
「黙れ三下! 亀のように鈍重でも守りを固めれば山賊ごとき問題ない。隊列を乱すな!!」
護衛隊をまとめる傭兵隊長の考えとは真っ向から対立する考えで、カースはケヒャケヒャと食い下がるも余計に怒らせるだけだった。
「ふざけた髪型と服装をしやがって! いい加減にしろ!!」
これにはさすがのカースも腹が立ったのか、それ以上食い下がるのをやめた。
メリアたちは、彼の髪型を知っていた。戦友の一人ヘイツが、同様に縞のある馬の部族出身の遊牧民だったからだ。
威圧的に鋲の付いた黒革の装備は、かなり特異なものだった。
鋲の一つ一つが英雄的行為をしたものに与えられる勲章のようなもので、たくさんつけているということはそれだけ結果を出しているということ。だとヘイツは言っていたが……正直メリアもカルミノも半信半疑だった。
温厚でのんびり屋のヘイツであったにも関わらず、両腕に鋲だらけの革の腕輪をはめていたからである。
そしてカースは首輪、革鎧、両腕輪にと、数え切れないほどにの鋲を埋めていた。これは自分を大きく見せるためのフェイクなのではないか、そう思わせる小物っぽさがカースにはあった。
しかし、戦争を知るカルミノたちはカースの提案に賛成だった。
事実。宿場の直前、最も気が緩みがちな位置に山賊たちは身を潜めていた。そしてそれは、前もって斥候を飛ばしていれば発見できる程の人数であった。
カルミノが護衛隊からカースを引き抜き、斥候として走らせなければどれほどの被害が出ていただろうか。
少なくとも、商隊に紛れたスパイのせいで護衛隊の人数や戦力は筒抜けだった。
「あー……こういう話でもよかったのか」
「どうしました?」
「いや、ちょいと昔のことを思い出しただけさ」
カルマなら商隊と傭兵隊長を煙に巻き、山賊たちにも説得を試みるだろう。
山賊相手だと一巻と被るから、少し趣向を変えてもいいかもしれない。むしろ、キャロルを主役にしてカースとの出会いを書くなら、それはそれで面白そうだ。
「カク、紙とインクを持ってきてくれ。話してるうちに何か浮かびそうだ。
そのうちの気に入ったものを七巻にしよう」
「…………!」
カクタスが頷いて、メリアの部屋に駆けていった。メリアはコーとイウノに笑いかける。こんなにいい気分なのは、久しぶりな気がした。
「質問があったら答えるよ。今日は機嫌がいい、なんでもござれだ」




