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冒険商人 カルマ・ノーディ の物語  作者: 運果 尽ク乃
【カルマ・ノーディ の物語】  第五話

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その04 偉大なる師の教え



 食器の片付けや洗濯はもたもたとうまくいかないカクタスであったが、掃除については二日目にも関わらずコーも一目置いていた。

 細かいところに目が行き届き、几帳面に整頓することに余念がない。


 その点イウノは大雑把だった。

 広い石造りの修道院内を短時間で掃除していたため。見える所がきれいならば構わないという掃除の仕方だった。


「丁寧な掃除って慣れてないのよね、ごめんなさい! ちなみに、お料理とかも大雑把ってよく言われます」

「分量とか気にせず食材を入れる感じですか?」

「ご明察、慧眼(けいがん)ですねコーさん」


 この屋敷の料理人はマルーが居るから問題ないが、もしもイウノに任せたら「お腹に入れば同じ」という大鍋煮込み料理が出てきそうな気配があった。


 正午までに作業を終えて、三人は食堂に向かう。コーがお茶を入れようと台所を覗いたが、すでにスィが用意していた。

 眉間に深い縦ジワを刻んだスィはいたく不機嫌そうだ。


「失礼、少し睡眠不足なだけです」

「え? ライン先生の家で何かあったんですか?」

「まあ、そうですね」


 言葉を(にご)すスィ、コーはドキドキした。大人の男女が一つ屋根の下で一夜を過ごす。コーは家族を嫌っていた。大人の男女が夜中に何をしているかも知っていた。

 スィは、そんな連中とは違うと思っていたのに。


 二人でお茶と茶菓子を運ぶと、すでに食堂ではメリアとイウノが会話に花を咲かせていた。


「申し訳ありません! ちょっと力になれませんね」

「何の話です?」

「例の厄介事さ。やっぱりコーじゃないとだな」


 五人分のお茶を淹れるコー、その間にスィがお茶菓子を配る。


「カクタスのことだ」

「…………?」


 静かに行儀よく座ってぼんやりしていたカクタスが、急に名前を呼ばれて小首を傾げる。


「まずは確認というか復習だ。カクはとある男爵の下で虐げられていた兎人(エリルフレア)だ。

 どういう流れか、会長がその男爵をとっちめて、身寄りのないカクをアタシの所に投げてきた」


「メリアさんなら悪いようにしないって言ってましたね」

「やりかたが雑なんだよなぁ……そのセリフも最後に『知らんけど」が付いたんじゃあないのかい?」

「あ……えへへへ」


 笑って誤魔化すイウノ、カルミノ会長にはそういう適当な所がある。

 カルミノはカクタスを通りかかった行商人に託した。その商人が無責任にも別の、お次は詐欺師に託すなど想定もしていなかったに違いない。


「とにかくカクの扱いについてだが、だからといってどうとは言われていない。つまり、今まで通り教育していく方向で問題ないわけだ。

 アタシはカクを小間使いとして扱うし、スィもコーもそのつもりで頼んだ」


「はい」「はい」「…………はい」


 最後の返事はカクタス本人である。


「カクタスには給料も出すが、特別扱いをするつもりもない。だが、人間的に必要なことは惜しまないつもりだ」

「例えば?」


 コーが、お茶菓子をお茶で流し込みながら尋ねた。


「カクの最初のわがままは何だったか?」

「『男爵の所に戻りたい』でしたね」


 ギョッとするコーとイウノに、スィが苦笑い。メリアはもっとストレートに意地悪な顔。


「『男爵のいた土地に戻り、死んだ友人を弔いたい』だったわけだがな。

 アタシらは困った。カクタスがどこから来たのかも知らないし、男爵の所までどれくらいかかるかも分からない…………まあ、ここに関してはイウノが来たことで解決したんだが」


「…………ぼく、いけるの?」

「いや、行けない」


 期待に満ちたカクタスの問を、メリアは両断した。


「行けるとしても会長次第だ。うちの連中で、お前を連れて旅に出れるような暇人はいない」

「…………」


 しょぼくれるカクタス。その帽子をメリアが撫でた。


「カクが旅をするには文字や常識、色んなことを憶える必要がある。

 だから今は教会での礼拝で我慢しな。しっかり祈れば声は神様を通してお前の家族まできっと届く」


「……うん」

「…………」


 そんなカクタスを複雑な顔で見つめるイウノ。話をなんとなく理解して、コーは問題点に気が付いた。


「カクタスに、教会でお祈りをさせるんですか!?」

「そうだ」

「でも……カクタスは…………」


 カクタスは兎人(エリルフレア)だ。

 亜人は唯一にして偉大なる主を信じていない。


 いや、兎人(エリルフレア)として育って来なかったカクタスは、その限りではないというか、龍も主も関係なく信じている節があるがそれはカクタスが変なのだ。

 育ちが特殊だからに過ぎない。


 一般的な考え方をするならば、亜人が教会に行くことはありえないし、行こうものならばまず間違いなく白い目で見られる。


「なので、変装をさせようと思ったのです」

「へんそう?」「へんそう」


 尋ねたのがコーで、単にオウム返しにしたのがカクタスである。


「変装してお祈りするなんてそんなのダメでしょ!?」

「だからちょいと工夫しようかと」

「あれ? いい案だと思ったのは私だけですか?? でも修道服持ってないんだよね」


 怒りの声を上げるコーとは逆に困惑するイウノ。元修道女のくせに唯一にして偉大なる主を(あざむ)くことにまるで抵抗が無い様子。


「え? だって唯一にして偉大なる主は全知であり、同時に誰に対しても別け隔てのない愛情を向けてくださるんですよ?

 『人間以外のヒト』が信じようが信じまいが、『信じなければ恩恵を与えない』ほど偏屈だという考え方そのものが不信心じゃあないですか」

 

 その言い草に、よく意味のわかっていないカクタス以外は言葉を失った。

 とんだ詭弁(きべん)。いや、あまりにも正論だった。


 この論説を拒絶することは偉大なる主の愛を否定することである。

 しかし、メリアは(かぶり)を振った。


「そいつは正論だが、暴論でもある。バカには通じないね」


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