久遠ひさめの独占欲1
───彼女は吸血鬼と呼ばれていた。
私、久遠ひさめ(くおんひさめ)は幼い頃から血液に関する難しい病を抱えており定期的に病院に通っていた。
血液を交換しないと生きていけないからだ。
病気の情報は狭い田舎の中を噂という形で這いまわり。
子供の耳に入る頃には「あいつは吸血鬼である」との情報へと歪に変化していた。
だからいじめられた。
───彼女は吸血鬼と呼ばれていた。
点滴と注射の跡が腕に増えていくたび、私は“普通”から遠ざかっていった。
子供たちは「吸血鬼なんていない」という常識を知らず、信じ込んだ。
彼らにとって、私は本当に、夜に目覚めて血を飲む怪物だった。
───彼女は吸血鬼と呼ばれていた。
私は、違うと叫べなかった。
自分でも少しだけ、そうなのかもしれないと思ってしまったからだ。
朝、目覚めてカーテンを開けるとき。
陽の光に焼かれて、自分が灰になってしまうかもしれない。
そんな不安に襲われたことが、一度や二度ではなかった。
───彼女は吸血鬼と呼ばれていた。
走るのが速かった。
誰にも負けなかった。
それだけが、誇れることだった。
でもそれすらも。
やはり吸血鬼だから普通の人間より身体能力が高いんだよ。
そんな風に言われた。
私は、どうすればいいのか分からなくなっていた。
───彼女は吸血鬼と呼ばれていた。
その日も、長い階段を登った先にある神社で、私は囲まれていた。
夕暮れが迫っていて、石段は赤く染まり、蝉の声が遠く響いている。
木々の葉がざわめき、風が吹いた。
私はただ、うつむいていた。
「ねぇ、さわったら血吸われるんじゃない?」
そんな声が、蹲る私に降ってくる。
私は座り込んだまま、何も言えなかった。
そのときだった。
「彼女は、何も悪いことしてないよね」
その声は、背後から聞こえた。
「酷い言葉をかけるのは、悪いことだよ」
夕日に照らされて、風の中から現れたのは、一人の少女だった。
見たことのない顔だった。
後で知ったことだが、最近転校してきたらしい子。
制服が少しだけ違っていて、袖が風に揺れていた。
「は?なんなの、あんた」
「悪口言っても、自分が嫌な人になるだけだよ」
喧嘩になった。
けれど、その子は一歩も引かなかった。
三人を相手に、決して怯まず、まっすぐ立っていた。
私は、ただ見ていた。
まるで映画のヒーローのようだった。
本当に、助けにきてくれたみたいだった。
やがて、いじめっ子たちは舌打ちして、背を向けて下っていく。
階段を降りる音が遠ざかり、神社には、私と彼女だけが残された。