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独々々々占欲  作者: るの
オルガノン
6/24

佐藤美咲の独占欲5

部品の取り替えは、思っていたよりも簡単だった。

古いピアノから外した弦は、まるで別の命を与えられるように、新たな場所へと収まっていく。

手順さえ間違えなければ、作業自体は単純なものだ。


ただ、調律は少し手間取った。

優奈が「私も手伝う!」と横からちょっかいを出してくるたびに、何度もやり直しを余儀なくされたが。

それもまた、どこか楽しかった。


やがて、ピアノは静かに息を吹き返した。


「弾いてみて!」


目を輝かせながら、優奈がはしゃぐようにせがんできた。

私は笑って首を振り、少しだけ手を振って落ち着かせた。

それから、鍵盤の前に座る。


指を置く。

軽く息を吸い込んで、そっと音を奏でた。


私が一番好きな曲。


それは、誰に強制されたわけでもない、ただ私の心が欲した旋律だった。

静かな音色が、ゆっくりと古びた音楽室の空気を染めていく。


埃の匂いと光のない教室。

でも、今この瞬間だけは、どこよりも豊かな響きに包まれていた。


最後の音が、空に溶けて消えた。


「綺麗な曲」


優奈がぽつりと言った。


「それに……すごく楽しそうだったよ」


少し不思議そうに首を傾げる。


「どうして前は、あんなつまらなそうに弾いてたの?」


私は言葉を飲み込もうとして。

思わずが心をこぼしてしまった。


最初は、楽しかったこと。

でも、いつの間にか他人の期待が優先されるようになっていたこと。

本当は出たくない大会にも、出なければならなかったこと。


もっと、楽しく弾きたかった。

でも、家にいる限り私は「そうでなければならない」のだ。


言葉が止まらなくなっていた。


泣いていたわけじゃない。

でも、語っているうちに、何かが剥がれていくようだった。


それを全部、優奈は黙って聞いていた。

そして、ひと呼吸置いてから言った。


「辛くても、やらなきゃならないことはやらないといけないよ」


その言葉が、胸に突き刺さる。


やっぱり、そうなのか。

私はオルガノン。

ただの器具。

誰かの指示通りに動くべき存在。


音楽なんて、楽しいと思ってはいけない。

期待に応えて、それで満足すべきなのだ。


そう思った瞬間。

優奈は、続けた。


「だからさ。行きたくない大会に行った後は、ここでコンサートを開こうよ」


絶望の波が、不意に止まった気がした。


「ここでなら、美咲ちゃんの好きな曲を弾けるでしょ?観客は私ひとりだけど」


その言葉が、心の中にピタリとはまる。

そうだ。

ひとりでもいいのだ。

誰かが私の音を待っていてくれるのなら。

それなら私も。


私も頑張れる。


「……私のピアノ、聞いてくれるの?」


声が震えた。

自分でも気づかないくらい、小さな希望を込めていた。

優奈は、満面の笑みで頷いた。


「うん!」


あまりにも眩しい笑顔で。

私は思わず視線を逸らした。

頬が、ほんのりと熱くなる。


「ありがとう……優奈ちゃん」


その言葉は、自然と口からこぼれていた。

私の音楽が、ようやく「私のもと」に戻ってくる気がした。

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