三■■■りの独占欲3
────これは芹沢優奈が知らないお話。
あの日の別れの後も、ことりは変わらず山の祠へと通っていた。
優奈と三人で遊んだあの祠の裏。
小さな秘密基地に。
三女とふたりきりの、静かなおままごと。
この時、ことりはこう提案した。
「お姉ちゃんが戻ってきた時、びっくりさせてあげたいな」
そんな純粋で、幼い、ただの願い。
彼女は祠の物置から、埃をかぶったスコップを見つけ出す。
最初は、小さな穴の端を広げる程度のつもりだった。
たったそれたけど、お姉ちゃんは喜んでくれるだろう。
けれど、スコップを差し込んだ瞬間。
カチンと何か硬い音がした。
掘り出してみると、そこにはお地蔵さまが埋まっていた。
最初に並んでいたものとは違う、新しい顔だった。
「姉妹かな……そしたら、私の妹がふたり?」
呟いたあたりから、記憶が曖昧になっていく。
気がつけば、日はとっぷりと暮れていた。
目の前には、信じられないほどの大穴が開いている。
最初の穴の数十倍のサイズの穴だ。
おかしい。
ことりには、そんなに掘った記憶がない。
そもそも仮に掘るとしたら1日では到底無理だろう。
何日も何日もかかるに決まってる。
けど。
どれだけ時間が経ったのかも、もう分からない。
スコップは先が欠け、柄の部分は泥にまみれている。
自分の手も、服も、靴も。
何もかもが土で汚れていた。
ふと、壁の一部が不自然に膨らんでいることに気づいた。
近づいて、手を触れてみる。
石。
……いや、違う。
それはお地蔵さまだった。
一体、また一体。
壁にも、地面にも。
無数のお地蔵さまが埋まっていた。
いったい誰が、何の用途でお地蔵さまをこんなに沢山埋めていたのが。
ぞっとして、後ずさる。
その背中に、柔らかな声が落ちてきた。
「ことり、おねえちゃん」
ことりの足が止まる。
ことりを「お姉ちゃん」と呼ぶ存在など、この村にはいない。
そんな事を言うとしたら、たったひとり。
三女しか。
怖かった。
どうしようもなく、怖かった。
けれど、後ろを振り向かないほうがもっと怖い。
ことりは、ゆっくりと首を巡らせる。
そこには、誰もいなかった。
ただ、祠の向こうに大きな月が浮かんでいるだけだった。
……ホッとした。
帰ろう。
家に帰って、お風呂に入って、もう寝よう。
そう思って体を返したそのとき、再び声がした。
「おねえちゃん」
今度は、あまりにも自然に振り返ってしまった。
その瞬間。
壁や地面に半ば埋まっていたお地蔵さまが。
全てこちらに顔を向けていて。
じっとことりの顔を見ていた。
――目が、合った。
その瞬間、お地蔵さまたちが言う。
「こわそう」
「こわそう」
「祠をこわそう」
「祠があると」
「そとにでれないから」
「そとにでたら」
「あえる」
「あえる」
「おねえちゃんに、あえる」
おびただしい数の声が、ことりの耳に流れ込んだ。
お地蔵さまが、祠が、穴の中の何かが、きれいなお月様が。
――みんなしてそう言っている。
そして、ことりは。
笑った。
「うん、こわそ」
妹たちの願いを聞いてあげるのが、お姉ちゃんだから。
スコップを手に、祠へと歩き出す。
月明かりの中、泥だらけの少女の笑顔が浮かんでいた。