桐生夜月の独占欲5
ようやく家にたどり着き。
息を切らせながら、扉を開けた。
ガチャリという音が室内に響き、その音に合わせて足元が崩れる。
倒れ込むように、床に座り込んだ。
激しく波打つ心臓の鼓動が、鼓膜の奥で暴れている。
肺が熱い。喉が焼ける。
それでも、足は無事で、腕も動く。
生きている。
そう確認できることに、安堵と微かな屈辱が入り混じった。
(……なに、あれは)
冷たい床に背を預けながら、思考を巡らせる。
あの女。
屋上にいたあの女は、静かで、冷徹で、上品な少女のはずだった。
だが、あの目。
何かが違った。
理性で制御された「人間」ではなく、
理屈を超えたケダモノ。
牙を隠したまま、笑う野獣。
それに、まさかあんな物を使うなんて。
「……ッ」
喉の奥が軋み、ようやく息が整い始める。
そのときだった。
「ごめんね、お母さん。捕まえられなかった」
その声は、すぐ傍から聞こえた。
鈴の音のように澄んだ、小さな幼い少女の声。
それを受けて、佐藤美咲は、ようやく顔を上げた。
「いいのよ」
短く、優しく、そう返す。
どこか、微笑んでいるようでもあった。
けれどその顔には、じんわりとにじむ恐怖の色が残っている。
(あれが、生徒会長の“正体”だとしたら)
恐らく、彼女もまた、何かを隠している。
正体不明の何か。
ただの生徒でないことは確かだった。
けれど、今日の件は、表に出すわけにはいかないはずだ。
もしあの女が、自分の異常性を秘匿しているのならば。
明日になれば、何食わぬ顔で、校内を歩き、
目が合えばこう言うに違いない。
「ごきげんよう、今日は少し寒いわね」
まるで何もなかったかのように。
だが。
だが、こちらは忘れない。
美咲は立ち上がり、壁にもたれながら深く息をついた。
あの女は、優奈を見ていた。
まるで獲物を測るように。
それが、気に食わない。
(放っておくわけにはいかないわ)
そう呟く彼女の手のひらには、爪が食い込むほどの力がこもっていた。
“お母さん”と呼ぶ声はもう聞こえない。
けれど、その存在は、美咲の背後に静かに寄り添っていた。