桐生夜月の独占欲4
副会長が入れてくれたハーブティーは、穏やかな香りと少し渋みのある後味を残した。
それを口に含んだ芹沢優奈は、ゆっくりと言葉を紡ぎ始める。
「私、小さい頃からずっと転校ばかりだったんです」
静かに置かれたその言葉に、鷹取は頷きだけで応じる。
今はただ、耳を傾けることに徹する。
「転校先では、よく“ヒーローごっこ”みたいなことしてました」
「迷子の子を助けたり、転びそうな子のランドセルを支えたり」
「ちょっとした正義の味方、みたいな」
彼女はカップの縁に目を落としながら、小さく笑った。
「偶然なんですけど、この学校には昔私が助けて子たちが多いんです」
優奈は、少し戸惑いながらも続ける。
「でも、何か……様子が、少しおかしくて、再開して嬉しいはずなのに、なんかこう」
「居心地が悪くなるときがあって」
その言葉に、鷹取はティーカップをソーサーに置いてから、ゆっくり問いかける。
「ヒーローごっこは今も、続けているの?」
優奈は小さく首を振った。
「中学のとき、大事件に巻き込まれて、私、すごい大怪我して……」
「病院のベットで目が覚めた時、両親が、凄く悲しんで」
「その涙を見て、その、もう、やめようって」
「ヒーローは卒業して、普通になろうって思って」
言葉が途切れたその瞬間。
「あっは」
思わず漏れたような、鷹取の笑い声が響いた。
その一音に、優奈が目を丸くする。
「え……?今……」
「なにかしら?」
鷹取の表情は変わらず、整った面差しに一切の乱れはない。
優奈は一瞬、自分の空耳だったのかと首を傾げ。
結局、流すことにした。
「大丈夫よ」
鷹取は穏やかに言う。
「あなたのまわりの子たちのこと、少し気にかけておくわ」
「何か問題があれば、私の方で対応するから、安心して」
その言葉に優奈は少しほっとしたような様子で。
「……ありがとうございます」
安堵の笑みを見せた。
そして唐突に何かを思い出したように顔を上げる。
「そういえば、私、生徒会長の下の名前伺ってませんでした」
鷹取はすぐに答える。
「夜月よ」
優奈は小さく首を傾げ名前を反芻する。
「夜月」
「母方の姓が鷹取、名前は夜に月と書いて夜月」
優奈は「夜月……」と何度か繰り返しながら、何か引っかかるような顔をした。
だが、それが何なのかまでは思い至らないまま、
「いいお名前ですね」
そう小さく笑って、その日はそれで解散となった。
放課後。
夕陽が赤く校舎を染める中、鷹取夜月は屋上にいた。
かつて「ストーカー生徒」が仕掛けた盗撮カメラの状況を確認するためである。
教師には「処分した」と伝えてあったが、カメラの大半はそのまま残したままだ。
今は使えるものを使うべきだと判断していた。
カメラの多くは、優奈の教室、専門教室、ロッカー。
明らかに個人を追い続けていた。
この目は、今後も使える。
そう判断していた際、背後から声がかかった。
「会長、何してるんですか」
咄嗟に振り返ると、そこには佐藤美咲が立っていた。
優奈の取り巻きの1人だ。
(……鍵、かけたはずですけど)
掛け忘れたか、それとも。
やや狼狽しつつ、それでも鷹取は冷静に言葉を返す。
「屋上に問題がないか定期的に確認しているの、一応、生徒会長の仕事として」
「私も心配で上がってきたんです」
美咲の声は笑っているのに、どこか冷たい。
「下から見てたら、人影があって、もし誰かが飛び降りようとしていたら、後味悪いですから」
ピリ、と音を立てたわけではない。
だが、空気が凍ったのがはっきりとわかる。
鷹取はそれ以上の追及はせず、扉へ向かい鍵を回そうとした。
だが、固い。
扉は施錠されたままだった。
屋上に通じる扉は一つ。
職員室で借りた一つしかない鍵は今自分が持っていた。
では、美咲はどうやって屋上に入ったのだろうか。
振り向く前に、背後から声が落ちてきた。
「オルガノン、捕まえてちょうだい」
日の暮れかけた屋上に、衝撃音が3度響いた。
その後、何かが破壊される音が続き。
あとは沈黙だけが残された。