桐生夜月の独占欲1
───彼女はストーカーだった。
登校中の優奈さんの日課は、通学路の途中にある小さなお地蔵さまに手を合わせることだった。
時折、自家製のお菓子を供えることもある。
少し焦げたそのクッキーは、きっと彼女の手作りだ。
もったいない、と私は思う。
だから私は、誰にも気づかれぬようにそれを手に入れる。
昼休み、屋上でこっそりと食べるのが至福の時間だった。
ああ、優奈さん。
私の、幼馴染。
私の、すべて。
あなたのことなら、なんでも知りたい。
本当に、なんでも。
だから、学校に盗撮用の小型カメラをいくつか設置した。
数日もすれば、今まで知らなかった優奈さんの姿が。
日常の隙間にある彼女が。
きっと、見えてくるだろう。
楽しみだった。
とても。
なのに。
───彼女は収集家だった。
体育の時間、誰もいない教室にそっと忍び込む。
優奈様の机の引き出しに手を伸ばす。
狙いは筆記用具。
もちろん、彼女が愛用しているもの。
悲しむ顔は見たくない。
だから、代わりに新品の同型を置いておく。
これで問題はない。
完璧だ。
シャーペンの軸に、そっと指を這わせる。
消しゴムの端に鼻を近づけて、香りを確かめる。
筆箱の内側に残るわずかな体温の痕跡を、掌に封じ込める。
彼女が触れていたもの。
それだけで価値がある。
私のコレクションに加わるにふさわしい、清く尊い“遺物”たち。
私はお側にいることなど望まない。
それは身の程知らずの欲だから。
ただ。
彼女のものを、手元に置いていたい。
それだけで、私は幸せだった。
……なのに。
────彼女は優秀だった。
長身の生徒会長・鷹取は、今月に入ってすでに五件目となる違反者を教師へ引き渡した。
今回の犯行は盗撮および窃盗の現行犯。
騒ぎになる前に、すべては粛々と処理された。
問題行動はすべて教師陣とのみ情報共有され、他の生徒には一切伝えられない。
それが、彼女の流儀だった。
廊下の影。
校舎裏の柵。
空き教室の隅。
目立たない場所で、異常は静かに広がっていた。
まだ捕縛には至っていないが要注意人物としてマークしている生徒は他にも複数いるのだ。
捕らえた“彼女”たちは、口をそろえてこう言った。
「芹沢優奈に、恋をしているんです」
「優奈さんのためなら、何だってできる」
「彼女に微笑んでもらえるなら……」
その語り口は、妙に整っていた。
個々に違う環境、違う人格、違う過去を持っているはずなのに。
どこか「同じ思考に汚染されている」ような。
鷹取の脳裏に、一つの言葉が浮かんだ。
《レギオン》
「我らの名はレギオン。我らは大勢なり」
新約聖書に記された、ひとつでありながら群体である悪霊の名。
同じ執念、同じ愛情、同じ歪みを宿した少女たちは、
まるでひとつの意思を持つかのように、優奈へと向かっていく。
鷹取は静かに立ち上がる。
「一度、芹沢優奈に話を聞きに行きましょうか」
副会長に目をやると、彼女は無言で頷いた。
そうして、生徒会長は後輩である少女のクラスへと向かった。
尚、当の優奈本人は。
この騒動の一切にまったく気づいていなかった。