久遠ひさめの独占欲4
女性がいた。
車から投げ出されたのか、土の上でうずくまっていた。
咳き込んでいる。
息がある。
それだけで、少しだけ安堵が走った。
けれど、様子がどこかおかしかった。
腹部に、金属のフレームのようなものが突き刺さっている。
おそらく、車の一部だろう。
女性は苦しそうに体をよじり。
その拍子に、フレームが抜けた。
「……っ!」
一瞬の静寂の後、血が噴き出した。
真っ赤な液体が、土と空気を染めた。
優奈が叫んだ。
「だめ!動かないで!」
そして、自分の着ていたシャツの裾を破って、腹部を強く押さえた。
圧迫された箇所から、血の流れは少しだけ落ち着く。
けれど、止まったわけじゃない。
タオル代わりの布が、じわじわと赤く染まっていく。
私は、見ていられなくなって顔を背けた。
心が、冷たく震える。
怖かった。
その時。
「ひさめ」
呼ばれた声に、私は顔を上げた。
夕焼けに染まる世界で。
優奈の顔は血で汚れていた。
顔だけでなく、手も、服も。
赤く。
赤く染まっていた。
私は、思ってしまった。
——綺麗だ、と。
こんなことを考えてはいけない。
でも止められなかった。
その光景は「美しいもの」として私の目に映った。
救命活動という人道的な行為に対してではなく。
赤い世界で血にまみれた優奈という姿が。
まるで宗教画のように、私の心に焼き付いた。
その美しいもののためであれば。
きっと。
私は何でもできる。
そう思うほどに。
優奈が続ける。
「多分、この手を離せば、もっと血が出ちゃうと思う。私はここから動けない」
「だから、ひさめ」
「派出所に行って、救急車を呼んできて」
「きっとひさめの速さなら間に合うから」
そう言われた瞬間、全身に電流が走った。
私が。
今、必要とされている。
「うん」
私は立ち上がった。
胸に芽生えた確信を強く握りしめる。
これは、ヒーローの仕事だ。
血を吸う化け物ではなく。
人を救う、ヒーローになる瞬間だ。