人々は、邪竜の息子の狂気を知る。
「話を続けよう」
ゼイスは顔面蒼白で震える彼女達を見て、にっこりと微笑む。
しかし、その笑顔はとても背筋が凍りそうなほどに冷たくて。
まるで、仮面の笑みのようだった。
「第三に。お前達が言った言葉には嘘がある」
『……………え?』
「一週間前に殺されかけたとか言ってるが、それは嘘だ。ここ一ヶ月……リーシャは意識を失って、俺と共にいたんだからな」
『なっ……!?』
「さっきも言っただろう?リーシャはもう死にそうだったのだと。それを俺が救ったのだと」
そう、ゼイスがリーシャの身体を直していたのは一ヶ月。
その間、彼女はずっと意識を失っていたのだ。
だから、そもそもの話、一週間前に殺されかけたという前提が成り立たないのだ。
「どうして、俺と一ヶ月共にいたリーシャが。お前を殺しかけられるんだろうなぁ?」
その言葉に、彼らはナリーアに視線を向ける。
そう、殺されかけたというのは全てナリーアの証言が元になっているのだ。
しかし、その前提が間違っているのだとしたら……一体……。
「でもっ、私!虐められてっ……」
「虐め?虐めてないよ。だって、私、身体が痛くて痛くて。他のことをしてられなかったんだもん」
リーシャはキョトンと首を傾げる。
実験による副作用で、リーシャはほぼ寮の部屋から出ることがなかった。
外では普通に振舞えていたが、それも気力でなんとかしていただけ。
虐めなどというどうでもいいことに、意識を割く余裕などなかったのだ。
「でもっ!でもっっ……」
「なら、お前達も体験してみればいい。リーシャがどんな日々を過ごしていたか」
『え?』
ゼイスはその手のひらに闇色の光を五つ出現させる。
そして、その光はナリーア達の身体に勢いよく飛んでいき、その身体に消える。
次の瞬間──。
「うぁぁぁぁ……」
「うっぐぅ……」
「あ、ぁ、ぁ、ぁ……」
「ぐふっ……」
「いぎっ……ぎっ……」
ナリーア達の身体から、その背後から、化物の腕が生え始める。
それはリーシャがあの森で見せた姿と類似していて。
ただ違うのは、それぞれの身体から一つのソレが生えるだけ。
「そこの研究者と同じ移植方法でソレらを植えつけたんだ。どうだ?痛いだろ?」
五人は勢いよく吐血する。
グルグルと内臓が動いているような、押し潰されているような。引っ張られているような。
身体がズキズキと痛む。服の感触さえ痛みとなる。
こんな、状態でリーシャは日常を送っていたのだと思うと……。
「言っとくが、お前達の身体には一人一つの因子しか入れてないんだからな?リーシャはソレ全部に加えて、まだまだ沢山……因子が埋め込まれてたんだぞ?」
『っっっ!?』
その言葉に彼女達は絶句する。
たった一つでこれほどの痛みなのだ。
それが他にも……。
「なぁ?なんで生きてたんだろうって思うだろう?そんな状態で、普通に振舞ってたんだぞ?だから、他の……テメェなんかを虐めるなんて些細なこと、すると思うか?そんな余裕があると思うか?」
「でも、化物は、普通に……」
ナリーアは小さく呟く。
しかし、ゼイスにはその声が聞こえていて。
彼は呆れたようにナリーアの髪を掴み上げた。
「ぎゃあっ!?」
「馬鹿だなぁ?リーシャが普通な訳ないだろ?テメェらが言うようにリーシャは化物なんだよ。可愛い可愛い俺の化物だ」
ナリーアは涙を滲ませて、ゼイスを睨む。
彼はギリッとその手に力を込めた。
「貧民街でいきなり誘拐されて、実験体にされて、沢山沢山同胞を。傷つけて、殺して、喰らって。そんなことをしたあの研究者を、この国を、この世界を滅ぼしたいほど憎んで。恨んで。呪って。でも、それでも誰かに愛されたいと。愛してみたいと。小さな願いを叶えるために……リーシャはそれを気力で抑え込んでたんだよ。そんなことができるのが、普通な訳ないだろ?アイツはちゃーんと壊れてるんだよ。テメェら戦争をしてる馬鹿どもが、実験で犠牲になった奴らを壊したんだよ!」
ゼイスは怒鳴るように叫ぶ。
戦争をしている自分達が、リーシャのような……死んだ子供なような……哀れな犠牲者を生み出してしまったのだと。
人間も、亜人も、悲痛な顔をする。
分かっていたはずだった。
戦争は人の命を奪うモノだと。
何も残らないのだと。
しかし、裏で……戦争を理由に、そんな酷い目に遭って死んでいった子供達がいるということを。
今、初めて知ったのだ。
だが、その後悔は恐怖に塗り替えられる。
何故なら……それを語っているのは、邪竜の息子|なのだから。
この時の人々はまだ、彼の狂気を真に理解してなかった。
「だから、俺はお前達に感謝してる」
『………………え?』
「戦争をしてくれて、ありがとう」
何も残らないのだと改めて痛感した人々に、その言葉は驚愕を与える。
それはそうだ。
今、彼はさっきの言葉と真逆のことを言っているも同然なのだから。
「………なんで……そんなことが、言えるんじゃ……お主は今……戦争の所為で……。戦争の所為でっ……そのような悲惨な実験で死んだものがおるとっ……」
ドワーフの老人が叫ぶ。
だが、ゼイスは蕩けるような笑顔でそれに答えた。
「だから?」
『っ!?』
ゼイスはナリーアを地面に叩きつけるようにして、手を離す。
そして、リーシャの元へと戻り……彼女の額にキスをした。
「そう。お前達が戦争をしてくれたから、リーシャは壊れたんだ。だけど、それ以外がどう死のうと俺には関係ない」
『なっ!?』
「お前達がリーシャを壊してくれたから、俺は感謝したんだぞ?他の奴らが酷い目に遭おうと、死のうと、生きようと。人類が、亜人が滅亡しようと。俺には一切関係ないな。だって、俺が唯一とするのは。大切だと、願いを叶えたいと思うのは、俺の花嫁のだけなんだから」
ゼイスは止まらない。
その言葉で、狂気を、恐怖を振りまく。
「世界をも恨む憎悪を持ちながら、俺に愛を乞うんだぞ?誰かに愛し、愛される関係になりたい。自分という化物を認めて欲しい……なんて可愛いんだろう?こんな可愛い化物、愛さずにいられないだろう?」
「うふふふっ……ゼイス?私、可愛い?愛してる?」
「あぁ……可愛いし、愛してるよ。お前達も見ただろ?俺が傷つきそうになっただけでそいつを殺そうとするイカれっぷり。あははっ!なんて壊れてて、狂ってて、最高なんだ!」
ゼイスはリーシャの身体を抱き締めて、頬を頭に擦り寄せる。
その光景は、人々に更なる恐怖を与えた。
戦争というモノの無意味さを実感させた者が、その口で感謝の言葉を紡ぐ。
それは周りの者達を、その場の者達を恐怖させるには充分で。
ゼイスだって充分、イカれている。
とても、とても、異常だ。
だが、それが邪竜の血というものなのだと。
人間とも、亜人とも違う……存在なのだと。
「だから、こんな可愛いリーシャを造ってくれて感謝してる」
あぁ……自分達は、なんてことをしていたのだろうか?──と、人々は後悔する。
邪竜の狂気は、人々の心を折るには……充分過ぎた。
「なんなの……なんなのよぉ……!おかしい……おかしいわっ……!こんなのっ……こんな……」
ナリーアは痛む身体を抱きながら、ボロボロと涙を零す。
ゼイスは面倒そうに、芋虫のように地面を這う彼女に声をかけた。
「で?楽しい夢は見られたか?転生者」
「っっっ!?」
「どうやらそこまでして希代の悪女と同じ末路を辿りたいらしいな?」
ナリーアはビクッと身体を震わせる。
同じ末路と言われ、その脳裏には先程の話が蘇る。
魔物に犯され、合成生物を産み、廃人となり、処刑される。
それと同じ末路を想像して、彼女は吐き気を堪えるために口を手で押さえる。
そう……彼女は、転生者であった。
そして、かつての悪女と同じ……彼女は、この世界をゲームの世界だと思っていたのだ。
『聖と邪のロンド〜聖女はどちらに傾く?〜』という乙女ゲーム。
つまり……二百年前の《秘匿されし聖女》が主人公の、続編の世界だと──。
「ど、うして……」
「そんな特徴的な魂、転生者だとしか思えないからな」
ゼイスは、ゆっくりとマキナ達の方を見る。
きっとこれからゼイスが何をしようとするのか分かっているのだろう。
彼らは厳かに、頭を下げた。
「ゼイス様のお心のままに。貴方が望むなら……二百年前の復讐劇の第二幕を、開幕致しましょう」
ヤケに演技がかったマキナの言葉。
ゼイスはそれを聞いてニヤリと笑う。
「うーん……そうだなぁ……」
ゆっくりと、とても遅い速度で化物の腕を生やした彼らを順番に見ていく。
今回、違うことは彼らは禁術による洗脳を受けていないこと。
つまり、強い刺激さえあれば聖女の誘惑は解ける。
それは……例えば。
間近に迫った死──。
「嫌だ、わたし達はっ!死にたくないっ!」
「断罪なんて、もうしません!」
「お願いっ!助けてっ!」
「申し訳ありませんでした、申し訳ありませんでした申し訳……」
彼らは二百年前の復讐劇の続編と聞いて、身体の痛みに涙を零しながら懇願する。
その姿は、とても醜くて。悍ましい。
それを見てゼイスは──……。