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邪竜の息子、愛を乞う花嫁《バケモノ》を得る。

 




 リーシャが目を覚ました時──彼女はよく分からない所に寝かされていた。

 というか、星が煌めく夜空の下だった。



「………………どこ……?ここ……」


 顔を横に動かせば真っ白な花々。視界に入る範囲では、どこまでも続いている。

 どうしてだか、リーシャは花畑にいるらしい。

 何度か瞬きを繰り返して……気を失う前の記憶を思い出そうとする。

 しかし、上手く思い出せない。

 身体の限界が近くなっていたここ最近、意識や記憶さえも曖昧で。こうやって意識がはっきりしている方が珍しい。

 というか……。


「…………身体が……痛く、ない……?」


 身体を襲っていたあの激痛が一切ない。

 リーシャはとうとう自分が死んだのかと悟る。

 しかし、目の前にとても……というか、今まで見たことがないような美青年が現れたことで……リーシャは言葉を失った。


「あ、起きたか。ちょっと葬式中の死体みたいで面白かったぞ?」

「………………」


 無駄に美しい美貌を誇っているのに、言葉が残念である。

 リーシャは真顔になりながら、彼に聞いた。


「君、誰?」

「俺?俺はゼイス・ドラグニカ。お前は?」

「………リーシャ・グーゼンタール……」

「ふぅん?リーシャ……リーシャね。よろしく」


 ゼイスは彼女の身体……背に腕を入れて、起き上がらせる。

 痛みはないが、力が入らないリーシャはそれを素直に受け入れるしかなかった。


「……あの。ここは……というか、私は……」

「ここ?いや、俺も知らない場所だけど……人が滅多に来ないから丁度良かったってだけでいただけだし。で、お前は暴走状態に陥ったから気絶させて、俺が弄った」

「…………は?」

「色々と混ぜ過ぎ。相性悪過ぎ。拒絶反応放置し過ぎの三拍子だな。で、お前の身体はもう既に限界だったから……お前に混ぜられていた因子は全部引っこ抜いた」

「っっっ!?」


 リーシャはその言葉にギョッとする。

 何故なら、人体改造はそんな軽いノリでできるものではないからだ。


「でも、たかが人間にそんな無茶してたから、身体が弱ってて直ぐ死にそうでさぁ〜……仕方ないから代わりに俺の力をブチ込んだ」

「はぁっ!?」

「いやぁ……まさか俺が父さんと同じようなことするとは思わなかったぞ。でも、母さんと違って……お前の身体は長年異物を取り込んでた所為なのか。異物に対する適応性が無駄に高かったから簡単に終わったよ。そこは嬉しい誤算だったな」


 ゼイスの言葉が理解できずリーシャは眉間にシワを寄せる。

 しかし、それよりも先にハッとなる。

 そして、彼の肩を掴んで、鬼気迫る様子で叫んだ。


「今日は何日っ!?」

「………いや、知らないけど。お前が気絶して……えーっと。一ヶ月、ぐらい?」

「っ!?ど、どうしようっっ!?」


 リーシャは顔面蒼白になる。

 それもそうだろう。

 もしその言葉が本当ならば。今日は学園の卒業式。

 彼女の一つ歳上の婚約者──第二王子が学園を卒業する日であった……。



 グーゼンタール公爵は国の援助の下、実験を行なっている。

 だが、一国の公爵が国から公認を受けて非人道的な実験を行なっている、というのは外聞が悪い。そのため、公爵の実験は公になっていない。或いは隠されている。

 実験体となる素材は秘密裏に集められている。現時点では唯一の成功体であるリーシャは、改造人間であることを公的には隠されていて……慈善活動の一環として公爵の養子となったことにさせられている。そして……婚約というカタチで、王家に()()される予定になっている。

 そう……リーシャと第二王子の婚約は、外聞のために整えられたモノ。リーシャという兵器を、正式に王家の所有とするための取引なのである。

 しかし、それを知っていながらも、彼女は夢を見ていた。

 婚約とは、その相手と結婚する約束だ。だから、誰かを愛して愛されたかったリーシャは……婚約をしたということは相手は化物じぶんを受け入れてくれる気が少しでもあるんじゃないかと、考えた。婚約者に愛される可能性がある、ということに希望を抱いていた。

 けれど、婚約をしただけでは自然に愛されることはないのだということを、リーシャは知っていた。本で勉強していた。

 そのため、婚約者である第二王子と仲良くなろうと頑張った。

 しかし……リーシャが実験体であることを王家は。王家だけは、知っていて。実のところ第二王子も、彼の母である王妃さえもリーシャという化物と結婚することを望んでいなかった。仲良くなるつもりも、なかった。相手はリーシャを愛するつもりなんて、微塵もなかった。

 それでも、二人は婚約者。

 卒業式の後にあるパーティーには二人で参加しなくてはいけないのだ。

 例え……第二王子がとある男爵家令嬢に熱を上げていたとしても。リーシャは婚約者として、彼の隣にいなくてはならない。

 しかし、それを知らないゼイスはきょとんと不思議そうな顔をしている。彼は首を傾げながら、口を開いた。


「何?なんかあるの?今日?」

「………婚約者の、卒業パーティーが……」

「はぁ?婚約者ぁ?」


 ゼイスはそれを聞いて嫌そうな顔をする。

 それはそうだろう。

 彼はその力をリーシャに既に渡している。

 つまり、ラグナがミュゼにしたように……リーシャを自身の花嫁としたのだ。

 それなのに婚約者のためにパーティーに参加しようとするなんて……。


「そんなの、放置すればいいじゃん」

「でもっ!」

「それ以前にお前、もう俺の花嫁だから」

「…………はぁっ!?」

「力、与えたって言っただろ」


 リーシャは意味が分からず、怪訝な顔になる。

 ゼイスは溜息を吐いて、説明をした。


「俺の力を与えるってことは俺の眷属にするのか花嫁にするかのどっちかだから。今回は花嫁にしたんだって」

「…………力を与えるって……貴方、一体何を……」

「ん?あー……お前、異物が入ってたから感覚狂ってんのか。ちょっと触るぞ」


 ゼイスは彼女の頬に手を添えて、自身の力をリーシャに流す。

 すると、彼女の身体がビクリッ!と震えた。


「なっ……何この禍々しい力っっ!?」

「邪竜の力だな」

「じゃ、邪竜っ!?」


 世間に疎いリーシャではあるが、そんな彼女でも知っている。邪竜とは、世界を滅ぼす存在だと。

 リーシャはギョッとしながら、目の前の男を見つめた。


「貴方……邪竜なの……?」

「うーん……正確には《破滅の邪竜》と《邪竜の花嫁》の息子な。得意なことは改造」

「…………………えぇ……?」


 リーシャは意味が分からなくて頭を抱えてしまう。

 何を持ってして邪竜の息子なんかに気に入られる事態になったのか?

 その答えは簡単に分かった。


「いやぁ……最初はお綺麗事を言う俺の嫌いなタイプかと思ったんだけど、暴走状態になったらそりゃもう世界を恨んで皆殺しにしたいレベルのイカれっぷり。惚れ惚れした」

「……………は?」

「そんなお前の本性を知ったら、お前のその綺麗事の皮も可愛く思えちゃってさぁ〜……多分、これを一目惚れって言うんだろうな。つい花嫁に改造しちゃった」


 いい笑顔でそう言われるが、リーシャにしたらやっぱり意味が分からない。

 頭を抱えること数秒。

 リーシャは凄い険しい顔で彼に聞いた。


「その……つまりは、君は……私に一目惚れしたから、勝手に花嫁に、したの?」

「ん?あぁ、知らないのか?邪竜ってのは壊れたモノや狂ったモノを愛する性質なんだよ」

「……………壊れた……狂った……」

「で。人間に限った話じゃないけど、妻となる人は邪竜の寵愛ちからに耐えきれないから、先に少しずつ力を馴染ませて……問題ないようにするんだ。さっき言った適応力ってのがソレだな」

「…………そん、な……」


 リーシャは顔面蒼白で愕然とする。

 それもそうだろう。

 婚約者がある身で、他の男の花嫁になってしまったのだから。

 養子とはいえ彼女は公爵令嬢として、相応しい振る舞いや常識を身につけていた。

 ゆえに、彼女が愕然とするのも当たり前だった。


「………そんなって言われても、どうせあのままでも死んでたし。俺の力を与えたから生きてるんだぞ?お前の生きたいって言った願望は叶ってると思うんだけど?」


 ゼイスの言葉は一理ある。

 しかし、彼女が生きたいと願った理由は……。


「だって……私は……誰かを愛して……愛されたかった……」

「ん?」

「………なのに……」

「………え?まさか……お前が生きたかった理由ってソレなの?」


 ゼイスは少し呆れてしまう。

 どうやら彼女はかな〜り馬鹿らしい。

 自分ゼイスは先程から花嫁にしたと言っているのに。

 なら、その願望だって既に叶っているようなモノなのに。


「なら、俺が愛してるから、後はお前が愛すれば問題ないだろ」

「…………え?」

「お前、馬鹿だろ。さっきから一目惚れしたとも、花嫁にしたとも言ってんじゃん」

「…………」


 そう言われてリーシャは固まる。

 だって、まだ出会ったばかりなのだ。

 それなのに花嫁になってたり……況してや愛してるなんて言われて、信じられるはずがなかった。


「………出会った……ばっかり、なのに……」

「俺の父上は出会った日に母上を花嫁扱いし始めたらしいぞ」

「…………いや……それは流石に……特殊例過ぎるから……」

「というか、邪竜に人間の常識を当て嵌めようとするなよ」


 ゼイスは彼女の腕を掴み、地面に押し倒す。

 ふわりと舞う白の花弁。

 魔性の美貌を誇る青年に、花畑で押し倒されるシチュエーションは……乙女たるリーシャには、刺激が強過ぎた。


「っっっ!?」

「お、顔真っ赤。可愛い」


 ペロリッ。


「ふにゃっ!?」


 頬を舐められたリーシャは、身体中の水分が沸騰するんじゃないかと錯覚するぐらい、熱くなる。



「俺は唯一無二たる花嫁だけを愛するぞ?というか、そんなに他のことに興味がないからな。でも、唯一無二だけは大事にするような性質タチなんだ。他の女も、他人も、世界だってどうなろうと構わない。お前が化物であろうが、異常性があろうが。俺にしてみたら可愛らしいとしか思えないからな。まぁ、今のお前の身体は俺の力だけしかないから、あの化物みたいな姿にはならなくなったけど。でも、お前の身体を俺の一部が作ってると思うと興奮する。だから、俺に黙って愛されてろよ。全部、全部、お前の全てを愛してやるからさ」



「………っ!」


 その言葉は、リーシャの心に強く突き刺さる。

 それはそうだろう。

 婚約者である第二王子は化物リーシャを嫌って、恐れて、侮蔑して、忌避していたのだから。

 だから、化物であろうと愛してくれるという言葉は……彼女が求めていた言葉なのだ。

 そんなことを言われたら……信じたくなってしまう。


「………本当に、私を、愛してくれるの?」

「なんなら、お前以外を好きになったら死ぬ魔法でもかけるか?全然、構わないけど」

「うん、かけて」

「分かった」


 ゼイスは言われた通りに契約の魔法を発動する。

 彼は着ていたシャツの胸元を捲り、心臓付近に刻まれた魔法陣もんしょうを見せる。


「これで文句はないだろ?」


 それを見たリーシャは………蕩けるような笑みを浮かべていて。

 うっとりとしながら、彼の胸元に指を添えた。



 ──自分だけを愛してくれる人。



 その存在が、リーシャの願望を叶えてくれると言う。

 ………普通ならば、受け入れられないだろう現状だろう。

 ただ愛し、愛される大切な人を求めた化物リーシャは……受け入れてしまう。

 裏切らないという契約があるのなら、愛してくれないだろう婚約者など簡単に捨てれる。



 結局、そうやって受け入れてしまえるリーシャは、愛に飢えて(こわれて)いるのだ。



 例え相手が邪竜の息子であろうと。

 人間でなかろうと構わない。

 自分をずっとずっと愛してくれればそれでいい。

 愛してくれるなら、邪竜の息子さえ受け入れるその姿は……異常とも言える。

 でも、幸せだから構わない。

 リーシャは蕩けるような笑顔で、彼の両頬に手を添えた。



「貴方が愛してくれるなら、私の全部をあげる」



 そうやって、愛をあげただけで全部を差し出してしまえるリーシャは、とても普通じゃなくて。

 ゼイスは目を見開き……蕩けるような笑顔になる。


「なら、お前は俺の花嫁だよ。リーシャ」

「うん」


 さっきまでは受け入れてなかったのに、愛をあげただけでこんなにも素直になるなんて。

 その異常性が、自身に縋るような彼女が。

 哀れな化物が、とてもとても可愛い。



 ゼイスはいい拾い物をしたと、内心ほくそ笑んだ。





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