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邪竜の息子、運良く出会う。


以降、完結まで毎日18時更新となります。


よろしくお願いします。

 




「かはっ……!」



 一人の少女が、深い深い森の中で蹲る。

 夜空を思わせるような黒髪。黒曜石のような瞳にはジリジリと血のような赤が渦巻いていて。

 濃紺色の制服に身を包んだ、とても可愛らしい少女は……咳き込みながら、吐血する。


「はぁ……はぁ……」


 彼女の頬を伝うのは涙。

 望んでこうなった訳ではないけれど、自分がどんどん()()()()()()()()()()()状況に……涙が溢れる。


 彼女の名前はリーシャ・グーゼンタール公爵令嬢。グーゼンタール公爵家の養子だ。

 そして……。


 ──グーゼンタール公爵の実験体五十七号である。




 百五十年ほど前からこの世界には、獣人やエルフ、ドワーフなどの亜人が産まれ始めた。

 それに伴い始まったのは生存域を奪うための戦争。

 亜人達は人間にはない身体能力の高さや、魔法の力など……様々な能力を有している。

 ゆえに人間が対抗するために作り上げたのは、機械兵器。

 しかし、それでも戦況は均衡状態に維持できるようになっただけ。



 一石を投じるために研究されているのが……改造人間なのである。



 グーゼンタール公爵はその研究の第一人者だ。

 数多の実験体の犠牲の上……リーシャは現在、唯一の成功例である。

 しかし、彼女の身体は散々弄られ続けた結果、様々な副作用が襲いかかっている。

 常に襲いかかってくる激痛は、大火傷を負っているかのようで。

 吐血や、血涙などを始めとして、内臓の損傷も酷い。

 無駄に強化されてしまっている五感は、肌に何かが触れるだけでも痛みを感じるほどだ。

 他にも……副作用を考え出したらキリがない。


 それでも彼女は生きようと耐えていた。

 貧民街スラムで育った彼女は、死にたいと思ったことがなかった訳じゃない。

 でも、それでも結局は生きたいと思ってしまうのだ。

 人間の生存本能。

 いや、それよりも……彼女が生きたいと思うのは、とても小さな、願いがあるから。



 誰かに愛されたい。

 誰かを愛してみたい。



 そんな、人間らしいことをしてみたい。

 例え実験体にさせられようと。

 人間ではない化物モノにさせられても。

 この醜い身体でも受け入れて欲しい。


 偽りでもいい。

 温もりが欲しい。


 だから彼女は、ほんの小さな願いのために……生きながらえる。


 そして………。




「ん?何してんの?」




 彼女は、運命の人に出会う──。





 ◇◇◇◇◇





 人の世界に来たゼイスは色々なところを旅していた。

 神秘的な泉が存在する森。

 荒れ果てた荒野。

 常に噴火している火山。

 永遠に続いているかのように思える草原。

 氷に閉じ込められた霊峰。

 宝石の原石が煌めく洞窟や、太陽の光を反射した大海原にだって行った。



 ずっとあの小さな箱庭にいたゼイスは、初めて見るその景色達に………。


 ──()()()()()()()()()()()()()



 ………そこはやはり邪竜の血なのだろう。

 唯一無二だけは酷く大切にするが、それ以外のことはどうでもいいのだ。

 美しいものを見て感動するということがなかった彼は、ただ唯一を探して旅を続けた。

 ついでに言うと、どうやらこの世界は戦争をしているらしく。

 外見が人のため、獣人やエルフ、ドワーフなどに襲われることも多々あった(全て返り討ちにしているが)。

 その所為なのか、余計に面白くなかった。面倒くさくて仕方なかった。





 まぁ、そんな風に旅を続けて早三百年。



 人間の常識で考えれば長過ぎる旅の果て。竜にとってはほんの一時の旅路の先。

 ──彼は、深い深い森の中にいた。

 深い今はない。なんとなく、気まぐれで訪れてみたのだが、ゼイスは首を傾げる。

 何故なら、その森を嫌な気配が包み込んでいたからだ。


「なんだ?これ……」


 ぐちゃぐちゃに混ぜられたような気配は、様々な種族の因子を混ぜ込んだようで。上手く接合がなされていないからか、拒絶反応を起こしている所為で余計に嫌な気配を放ってしまっている。

 その所為なのか生体反応が……一つしかない。

 いや、その一つが嫌な気配を放っているようだった。


「うーん……取り敢えず、行ってみるか」


 ゼイスは軽く地面を蹴る。

 しかし、その一歩で数メートルは動いている。たった五歩分の移動。

 そんな運命的な出会いも、劇的な場面でも何もなく。ほんの日常の一部として……彼は、出会う。



「ん?何してんの?」



 ゼイスは目を見開く。そこにいたのは、地面に倒れ込んだ漆黒の髪を持つ少女。

 彼は少女の姿……いや、正確には彼女の身体に埋め込まれた異物を見て、驚きを隠さなかった。


「……うわぁ……なんだよ、それ。凄いめちゃくちゃじゃん」

「………何、を……」


 ゼイスは金色の瞳を輝かせて、彼女に歩み寄ってよく観察する。

 彼女の体内にあるのは、多種族の因子のようだ。

 獣人やエルフ、ドワーフに悪魔……ごちゃ混ぜ状態で、どうしてこんな状況で生きているかの方が謎過ぎた。


「お前、なんでそんな状態で生きてんの?死んだ方が楽じゃない?」

「…………っ…!」


 ギロリッと睨んでくる女。

 その顔は怒りが浮かんでいて……しかし、それでも諦めないような顔にも見えた。


「………生き…ちゃ、ダメ、なの……?」

「いや別に?」

「なら、黙れっ……わ、た…しが……どう生き…ようとっ……」

「…………うわぁ……そーいう真っ直ぐな人間嫌いなんだよ……生きようが死のうが構わないから、好きにしろよ」


 ゼイスは手を振って、溜息を吐く。

 生きようともがく人間。

 凄く真っ直ぐなソレは、ゼイスがとても嫌いなものだ。

 しかし、その考えは直ぐに変わることになる。

 何故なら……。



「き、ひっ」



「……………ん?」


 ズルリッ……。

 地を這うように地面に身体を倒した彼女の背後から蜘蛛の足ようなモノが現れる。

 しかし、それだけではない。

 悪魔の翼のようなモノが。

 ゴーレムの腕のようなモノが。

 ありとあらゆる化け物の腕が這い出る。

 肌は漆黒に染まり、瞳が血の色に染まる。



「きひひっ!きひひひひっ!」



 彼女は不気味な笑みを浮かべていた。

 爛々とした瞳は、既に血走っていて。

 見るからに、暴走状態に陥っていた。



「Gugyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyaaaaaaaa!!!」



「…………タイミングが悪い」


 ゼイスは大きな溜息を吐いて、彼女を殺す準備をする。

 生きたいような様子だったが、この感じだと元には戻れないだろう。

 というか、アレだけ拒絶反応が出ていたのだ。

 逆によく持っていた方だとしか言えない。



 そもそもの話、彼女は既に〝化物〟だ。



 闇側に立つ自分ゼイスや魔物が、化物を生み出すのは納得ができる。

 しかし、彼は人間は愛や人との繋がりで命を育む種族だと、マキナに教わっていた。

 だから、酷く呆れてしまう。

 こんな、人間を辞めさせてまで化物を生み出そうとする……愚かさと馬鹿馬鹿しさに。

 せめて、苦しまないように一撃で殺すのがゼイスにできるただ一つの救いだろう。

 ゼイスは、邪竜の力を解放しようとして……。



「死んで、死ンデ……死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んでッッッ!」



「…………」


 ぴたりっ。

 その動きを止めた。

 ゼイスは無言のまま、彼女を観察する。

 血を吐きながら。

 地面に両手をつきながら。

 永遠と呪詛を吐き続ける彼女を。



「私を私じゃ私をおかしく私が消える私を壊した奴らを私が殺す私を狂わさせた私が殺したい私を死んで私が死んで私を殺して私が殺したい全部死んで世界を殺したい……」



「………………あはっ……」


 ゼイスは笑う。

 そして気づく。

 この少女が今言った言葉は……狂ったように綴るこの呪詛ことばは。



 彼女の、狂気ほんしんだと。



「あははっ、なんだ!ちゃんと壊れてんじゃねぇーか!お前、可愛いなぁ!」


 消えてしまいそうな……なけなしの理性で、その壊れた異常性を隠していたのだろう。

 綺麗事を言う、真っ直ぐ過ぎてつまらない人間だと思っていたが……ちゃんと彼女を人間じゃなくさせた人間を憎んでいる。

 全部、全部、全部を殺したくて。

 でも、それを隠すような慎ましさが……随分と可愛らしい。

 そして、その悍ましい化物の姿も……ゼイスの目にはとても可愛く見えていた。


「まぁ、外面が良いのは……普通に装える点だけは可愛くねぇけど」


 ゼイスは、舌舐めずりをする。

 そして、次の瞬間には……。



「がはっ!?」



 彼女の首に手をかけていた。

 ゼイスの力ならば、簡単にその首を折ることができるだろう。

 しかし、そんなことはしない。

 そんなことをしたら、つまらない。


「あははっ、運がいいなぁ……こっちの世界に来て早々に、気に入ったヤツに出逢えるなんて……なぁ?」

「うぐっ!?」

「ん……あぁ……折角可愛らしい姿をしてるのに、お前、()()()()なのか。なら……」


 バキッ!と嫌な音と共に腹に一撃を加えて、彼女の意識を刈り取る。

 気を失った彼女を抱き上げて……ゼイスは微笑んだ。



「俺がお前を()()()やるよ」




 まるで口説くような言葉であるのに……。

 何故かその言葉は、酷く狂気に満ちた声音だった。





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