君は僕のともだち 2
「許可しよう」
陛下は僕の目を見つめて、ただ一言そう告げた。
こうして僕は、いとも簡単に皇宮で暮らすことを許された。
「ありがとうございます、お父様」
ウィルは執務室の中央に佇む陛下へ一礼すると、屈託のない笑みを浮かべて僕を振り返った。
僕はウィルの視線に応えるように微笑んだ後、再び僕を突き刺すように見つめる陛下へと視線を戻す。
皇族の証である美しい金髪は白髪へと変わり、その顔には深い皺が刻まれていても、皇族の風格というものは決して衰えることがない。
一語一句に貫禄が宿り、一挙一動に誰もが気圧され跪く。これが僕の、否、大魔法使いの主なのだ。
「名前はナミと言ったか」
「……はい、陛下」
「そうか」
陛下は一言そう告げて、また黙り込んで僕を見つめた。
一方のウィルは話は終わったとばかりに僕の元へ歩み寄り、「行こうか」と声を掛ける。
僕は小さく頷いて、ウィルとともに執務室の扉へと歩き出した。
「失礼いたします、お父様」
ウィルと共に再び一礼し、最後にもう一度、陛下を一瞥する。
陛下の視線は未だ鋭く、まるで張りついているかのように僕を捉えて離さない。
「……まさか君に、会う日が来るとは」
扉が閉まる直前、陛下が小さく呟いたのを僕は聞き逃さなかった。
まるで僕を懐かしむかのような声色で、その顔はかすかに綻んでいた。
僕はほんの少しの驚きと、胸の奥底から湧きあがる強い高揚、そして今すぐにでも跪きたい衝動を堪えて、わずかな魔力を開放する。
陛下はさも当然とばかりに僕の魔力を引き寄せて、その掌に受け取った。
そして僕ははじめて、自らの君主に、長い眠りから目覚め帝国へと戻ってきたことを告げる。
ーー初めてお目にかかります、皇帝陛下。
ーー代々の大魔法使いがそうであったように、私は貴方に、揺るぎない忠誠を誓います。
ウィル、僕はいずれこの声が、君に届けられる日が来ることを願っているよ。
***
「ナミの部屋は僕の隣だよ」
「……隣?僕はべつに、使用人の部屋でもいいよ」
「ダメだよ、僕の傍にいないとダメ。夜は一緒に寝ようね」
ウィルは引き返そうとする僕の腕を強く引いて、部屋の前まで連れていく。
豪奢な室内に呆然と立ち尽くす僕を置いて、ウィルは躊躇いのない足どりで室内へと進み、「僕がナミの部屋に行こうか?ナミが僕の部屋に来ようか?」とろくでもないことをそれは真剣に考え込んでいた。
「ウィル」
「ん?」
「ウィルにはどうして友だちがいないの」
言った直後、僕はあまりにも無遠慮な発言をしてしまったことに気づいて、慌てて取り繕おうとした。
しかし一方のウィルは気にする素振りもなく、窓の外の景色を見ながら軽く答える。
「うーん、僕はあんまり……誰にも興味がないから」
「誰にも?」
「うん、誰にも。みんなつまらないし、どうでもいいんだ」
「……そうなんだ」
「ナミだけが特別だよ」
ウィルは甘ったるい笑顔を浮かべて、お決まりのように僕の頬へと口づける。
僕は引っついてくるウィルを適当にあしらいながらも、この状況に強い危機感を覚えていた。
これは思ったよりも深刻な状況だ。
度々感じるウィルの強い執着に、僕はあの悪夢を結びつけずにはいられない。
今日森で偶然出会ったばかりの僕にここまでの執着を見せるなら、美しく愛らしい聖女が現れた時、この少年は一体どうなってしまうんだろう。
このままでは、聖女を視界に入れた人間を残らず斬り殺してもおかしくはない。
「僕、ナミといるとすごく落ち着くんだ。なぜかはわからないけど……」
「……歳が近いからじゃない?」
「歳が近い人なんてたくさんいるよ。でもナミだけ全然違う。ナミはそう感じないの?」
「さあ。僕は何も感じないよ」
「そっか。じゃあ同じように感じてもらえるように、僕ががんばらないとね」
これ以上執着が強まらないようにと冷たく接してみても、ウィルの表情は途端に険しくなり、かえってその執着は強まるばかりだ。
寂しそうに僕に抱きつくウィルの背中に腕を回しながら、僕は心の中で強く決意した。
ウィルを真っ当な君主にするためにまず必要なのは、新しい友だちだ。
僕はウィルに、必ず新しい友だちを作ってみせる。