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はじめまして、皇子様 1


500年ぶりに歩く帝都は、当たり前のように僕の記憶とは全く異なるものだった。

綺麗な石畳の道路に、レンガ造りの家々が所狭しと立ち並び、街ゆく紳士や貴婦人が纏う衣服はずっと華やかだ。道の脇には草木が生い茂り、周りには駆け回る子どもたちと空へ浮かぶシャボン玉。


「なんて長閑なんだろう?」


500年前の荒れ果てた大地からは想像もつかないような光景に、僕は思わずため息を吐いた。

かつての僕らは、一体どこで間違えてしまったんだろうーーー


そして僕は今度こそ、この帝国を破滅の危機から守ることができるのだろうか。


僕は帝国の守護を司る魔法使いとして帝国への忠誠を誓う一方で、他の魔法使いと比較しても飛びぬけて“人間”という生き物に興味がなかった。

しかし同胞たちは皆、神殿派や皇室派にわかれて、それぞれに忠誠を捧げ、衝突し、熾烈な戦いを繰り広げたのち、共に壊滅した。

だから今世でも僕は、必要以上に人間に思い入れを持つつもりはない。

異世界からやってくる聖女によって乱れた規律を正し、帝国を破滅から阻止するための最低限の接触をして、全てが片づいたらまた眠るつもりだ。


大魔法使いは、その膨大な魔力を体内に蓄え、そして自らの体に融けこませるために、長い休眠を必要とする。

そして帝国の危機が訪れたときに目を覚まし、帝国の守護にその身を捧げ、仕えた君主の葬儀を見届けるまで、もしくは帝国の平和を見届けてすぐにまた眠りにつく。


「リオンが転んだー!」


僕は後者だ。だって、どう考えても、人間はとても面倒だ。

弱いし、臆病で、そのくせすごく欲張りで、人間と共生するのは、僕にはとても疲れてしまう。


視界の端では、リオンと呼ばれる少年が木の根に足を引っかけて転倒し、そのまましばらく押し黙ったかと思えば、大きな声で泣き出した。

周りの子どもたちが近くに控えていた母親と思しき人だかりに駆け寄り、叫ぶように呼びかける。

僕は自分の意思に反して、僕の足が進行方向とは逆へ向けて歩き出したことに気づいて、小さくため息をついた。


「見せてごらん」


子どもたちが母親のもとへ駆けよっていく隙に、僕はリオンと呼ばれる少年に声をかけて、脇にしゃがんだ。


「血が出て、痛い……」


目の淵に涙をためて僕を見上げる視線には目もくれず、皮膚が擦り切れて血の滲んだ痛々しい膝に手をかざす。

500年ぶりに解放する魔力にわずかな緊張感を覚えながら、僕は目を瞑り、少年の膝にほんの少しの魔力を注いだ。


「これで大丈夫。すぐに治るよ」


言い捨てて、僕は立ち上がる。少年は擦り傷のほとんどが消えた膝を凝視して、数秒後、まるで宝石が詰まった宝箱のように大きな瞳を輝かせて僕を見上げた。


「君、名前は!?僕と同い年?」

「……え?……あははっ」


少年の突拍子もない質問があまりにもおかしくて、僕は不覚にも声を立てて笑ってしまった。


僕が君と、同い年なわけがないだろう?

僕は君よりも遥かに長い時間を生きている、大魔法使いなんだから。


そんな言葉を頭に思い浮かべながら、綻んだ口をおさえて、僕はふと道路脇に並ぶレンガ造りの建物に目をやる。

貴婦人のための服飾専門店と思しき建物のガラスには、あどけない顔の少年の姿。

絹のように滑らかな黒髪の下には、大きなエメラルドグリーンの瞳が真っ黒な睫毛に縁どられ、薄い唇は思いの外大きく弧を描いている。


ああ、そうか。これが今の僕の姿か。

僕は言うことのきかない口を手で覆い、少年に声をかける。


「僕はナミ。大魔法使いだよ」


こんなに小さい子どもでは、どうせ何を言っても構わないだろう。

視界に映るきょとんとした少年の顔がやっぱりおかしくて、僕はまた声を立て、けらけらと笑ってしまう。

しかし、少年に駆け寄ってくる母親と思しき姿を横目に捉え、僕は少年から離れて一歩ずつ歩き出す。


「また会える?」


少年の輝く瞳の奥に、細められたエメラルドグリーンの瞳が映る。


「どうかな。僕はこれから、すごく忙しいんだ」


でも、また会えるといいね。

僕の吐きすてた言葉に、宝石のような瞳が一変し、形を歪ませたことに気づいて、僕は慌ててその場かぎりの優しい嘘をつけたした。


だから、人間は面倒なんだ。

母親と思しき女性が少年を抱きかかえ、擦りむいたはずの膝をみて不思議そうにしている。

僕はすかさずその場を離れて、この街、”帝都”の中央に君臨する城壁を見上げた。


さて、寄り道はこのくらいにして。


「……まずは皇子様に会いにいかないと」


眠気の残る身体をぐっと伸ばして、石畳の道を歩き出す。

道路脇の花屋やレストラン、雑貨屋、映り変わる景色を視界に捉えて、僕は無意識に、あの悪夢から自らを切り離すかのように、帝国の平和な姿を目に焼きつけた。


今代の皇子様は、一体どんな人なんだろう?

はたして僕は、君とうまくやっていけるだろうか。



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