#4 推しの正体
前回の主人公視点です。
短いし、まとめるべきだったかも…。
正直、助けに行くかとても迷った。
俺は推しは遠くから見守る派の人間だ。
『推しの部屋の壁紙になってただ見ていたい』は格言だと思う。
だからボス部屋までたどり着いた時も、NyaNyashiちゃんがどうにか巻き返すのを祈って待った。
でも、
『嫌だ……』
配信から聞こえたNyaNyashiちゃんの呟き。
それを聞いてしまっては、もう黙ってはいられなかった。
「推しを悲しませるんじゃ、ファン失格だよな……!」
救難信号を承諾し、階層ボスの部屋へと踏み入る。
部屋の中はゾンビの大群で埋め尽くされていた。
普通のPCゲームなら処理落ち間違いなしの数。
しかも奥のほうでは、まだまだ増え続けているらしい。
とりあえず……振りまくった筋力パラメータに任せ、ゾンビを千切っては投げて、どうにか推しの元へたどり着いたはいいものの。
言うまでもないことだが俺は男だ。
そしてNyaNyashiちゃんは年こそ分からないものの、女性キャラ。
つまりこの状況……非常事態とはいえ、異性コラボである!
しかもNyaNyashiちゃんは活動を開始して数か月しか経っていないこともあってか、誰かとコラボ配信したことがない。
今回のようなピンチに陥ることもなかったから、本当に他人と絡むのは初めてのはずだ。
――ワンチャン、燃えるのでは?
配信者として最も避けるべき"炎上"というワードが頭に浮かぶ。
それも俺が原因で、とか死んで詫びてもなお足りない。
とはいえ話さないのも戦闘でコミュニケーションが取りづらいし……と色々考えた結果が、
「対戦よろしくお願いします(裏声)」
この裏声+変なポーズによるギャグキャラ作戦である。
これで嫉妬するほうが馬鹿らしいと視聴者に思ってもらえる……はず!
だれ?
救援きたー!
だれ?
何だこの人…
俺の登場に疑問で埋め尽くされるコメント欄。
ですよね。
彼らからすれば、俺のことなんか全員初見だろう。
ちなみにこんな姿の銀騎士は俺も初見です。
どうしてこうなった。普通にスベったし。
「ええっと……」
あぁ、推しが困っている! かわいい!
……じゃなくて。
まずは解毒しないとHPがヤバい。
解毒薬を押し付けながら、続けて巻き添え防止のパーティ申請。
ファンの端くれとして推しに迷惑をかけてはいけない。
そんな教示だか小さいプライドだか分からない何かのみで、今の俺は動いている。
もっとも途中で耐えきれなくなって、
「ゾンビはこっちに任せてくれていいから、ボスはお願いね!(裏声)」
なんて押しつけるような形で逃げてしまったが。
あとはもう必死だった。
(目立つな目立つな目立つな目立つな……!)
ゾンビたちにサンドバッグにされながら、徹底して息をひそめる。
ここではNyaNyashiちゃんが主役なのだ。
俺は脇役以前のモブ。
配信者としてはあるまじきことだが、努めて目立たないように気をつける。
注目されるのはゾンビにだけでいい。
そうしてゾンビにおしくらまんじゅうされているうちに、NyaNyashiちゃんが見事ボスを撃破した。
ふぅ、良かった良かった。
これで一安心だ。
NyaNyashiちゃんと階層ボスの戦いは周りがゾンビだらけで見えなかったが、後でアーカイブで見よう。
もちろん俺の出ているところは飛ばしてな!
さてよく見れば晩ごはんの時間も過ぎている。
早く退散しよう、とボス部屋を出ようとする俺は、駆け寄ってきたNyaNyashiちゃんに気づいた。
何事!? と構える俺の目の前で、カラン、と。
彼女の顔を隠していた猫のお面、それが落ちる音を聞いた。
「っ!?!?!?」
咄嗟に叫ばなかった自分を褒めてやりたい。
あらわになった素顔。
そこにあったのは毎朝見ている幼馴染ーー猫塚 凛火のものだった。
「あっ……」
呆然と、落ちた仮面と先ほどまでそれがあった自分の顔を触る凛火。
俺は弾かれたように我に返り、
「顔、顔! 早く隠して!」
「きゃっ!? え、あっ、はい!」
彼女の顔が配信ゴーレムに撮られないよう、抱きしめるような形で頭を覆い隠す。
こんなところを見られる方が炎上しそうだ、とか、何で凛火が、とか。
考えることは色々あったが、このときの頭の中にあったのは一つだけ。
きっと彼女は、NyaNyashiと凛火が同一人物だと知られたくないだろう。
それだけだった。
俺に覆いかぶさられながら、凛火が猫のお面を付け直そうとかけ紐を結びなおす。
どうやら激しい戦闘のせいで紐が千切れたらしい。
時々思うが、こんなところまでリアルにしなくていいんだぞ、D-Live運営。
やけに長く感じる変身時間が終わり、凛火からNyaNyashiになった彼女は、焦ったように手をパタパタさせる。
「やー、あ、あぶにゃいところだったニャー。銀騎士さん、本当にどうもありがとう! 2回も助けてもらっちゃった」
「……どういたしまして(裏声)」
少し前の俺であれば、推しにこんなことを言われたら限界化し奇声を上げていたかもしれない。
ただ、あのクールな幼馴染が。
さっき見てしまった、あの姿が焼き付いている俺には、例えお面をしていても凛火が言っているようにしか見えない。
あの凛火が。
『やー、あ、あぶにゃいところだったにゃー』
「オオオォォォッ!」
「い、いきにゃりどうしたんだニャ!? ゾンビみたいににゃってるニャ!」
無理だ!
ギャップで悶え死ぬ……!
やめろよ、美人が可愛い属性まで手に入れたら最強だろうが!
「な、何でもないよ。それじゃあ僕はこの辺で――さよならっ!(裏声)」
「あっ、ちょっとー!?」
爆速でメニューを開きログアウトを押す。
このままでは幼馴染相手に限界化してしまいそうだった。
◆◆◆◆◆
「行っちゃった……」
引き留めるべく伸ばした手を引っ込めながら、NyaNyashiは呟いた。
結局、何も分からずじまいのまま、銀騎士を名乗る人物は姿を消してしまったわけだ。
それを残念に思いつつ、しかしまだ配信中であることを思い出した彼女は、すぐに気持ちを切り替えると放送の締めに入った。
録画を停止する。
誰も居なくなった階層ボスの小部屋で、ぽつりとこぼす。
「……見られた」
素顔を隠したい自分にとって、それはある種の絶望だ。
しかし不思議と、暗い気持ちが湧いてこないのは。
「…………亥月?」
凛火の言葉は、誰に聞かれることもなくダンジョンに吸い込まれて消えた。
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