#3 謎の騎士
失敗した。
無限に湧き出てくるゾンビの群れを前に、NyaNyashiは自身の見通しの甘さを痛感する。
思わず舌打ちが出かけて、すんでのところで自制。
いけない、今は配信中だ。
NyaNyashiは、私の分身はそんな可愛くないことをしない。
「ちょっと、これは、まずいニャーっ!」
代わりに出た薄っぺらいコメントが、彼女の内心と現状を表していた。
序盤は、終始NyaNyashiが圧倒していた。
黒いローブを身にまとった魔導士モンスターは、図体こそ大きいものの、火や氷の魔法を弾丸のように飛ばす攻撃しかせず、『これが本当に階層ボス?』と彼女が疑問に思ったほどだ。
しかしそれも敵の体力を半分に削るまでの話。
魔導士モンスター――高名な魔法使いが死後、呪いに転じて生まれるというリッチーは、それまでの一辺倒な攻撃を止めたかと思うと、わずかな溜めの後にそれまでとは異なる魔法を放った。
フィールドが気味の悪い紫色の光を放つ。
そうして地の底から呼び出されたように生まれたのが、このゾンビの大群である。
(物量差がありすぎる……!)
NyaNyashiの持つショットガンは威力重視の代わりに、装填数が二発と少ない。
撃ち切ればリロードが必要となる。
一見、継戦能力が低く弱そうに見えるその武器は、しかしNyaNyashiの高い運動能力によるヒットアンドアウェイ戦法と非常に相性がよく、これまで数々の戦果を上げてきた。
だがそれは、これまでの階層ボスが全て一対一の戦いであったからだ。
このような対集団への弱さはNyaNyashiも認識していた。
ただ、ダンジョン内であれば囲まれる前に逃げてしまえばいいし、それが出来るだけの十分な広さもあった。そのため、これまで特に問題はなかったのだが。
階層ボスの座す小部屋は、彼女の知識と照らし合わせれば、ちょうど体育館ほどの大きさしかない。
加えて、ゾンビは倒しても倒しても現れる。
死んだそばから蘇っているのではないかと疑うほどに。
"これまずくない?"
"やばいやばい!"
"NyaNyashiちゃん逃げてー!"
"てかヘルプまだかよ"
視聴者のコメントが、かつてない彼女のピンチに騒ぎ立つ。
これが演出したものであればどれほど良かっただろう、と頭の隅で思いつつ、彼女は一縷の望みを捨ててはいない。
(そう、さっき出した救難信号。攻め手が増えれば、きっと……!)
現状では、NyaNyashiが倒した分だけ敵が補充されるという綱引き状態だ。
だからわずかでも攻撃力が上回れば、それで押し切れるはずと彼女は予想していた。
(弾丸の残りも少ない。ショップで補充する隙を作るためにも、増援を――)
すでに配信を意識したトークは止まり、迫るタイムリミットを意識した隙に、
「アァァッ!」
「つ、ぐっ!」
鉤爪のように鋭いゾンビの腕がNyaNyashiを襲う。
油断した。
ダメージを確認する彼女は、そこで更なる絶望を発見する。
HP:12000 / 27000 (状態異常:毒)
「うそっ……!」
継続してHPを減らす『毒』の状態異常。
それは終わらないシーソーゲームを決着させる一手だった。
早く解毒を。
しかし焦りは焦りを呼び、彼女のプレイから精細さを奪う。
「ッ……!」
被弾が増える。毒が追い打ちをかけるように、HPを削る。
ここまでか。
また、全てを失って、あんな思いを。
「嫌だ……」
"まじでやばいって!"
"何とかなんないの!?"
"うわああああ!!!"
NyaNyashiも、リスナーも、全員が終わりを覚悟した瞬間、
「アァァァァ、ガッ!?」
「え……?」
襲いかかってきたゾンビが、何故か横から吹き飛んできたゾンビによって薙ぎ倒される。
新手の攻撃か、と警戒するNyaNyashiだったが、どうも砲弾のように飛んでくるゾンビは彼女を狙わず、それどころか守るように周りのゾンビだけを間引いていく。
「一体なにが……」
呆然とゾンビが飛んできた方向を見やる。
その隙だらけの背中を狙うゾンビに、肉厚な両手剣が突き刺さった。
やがて姿を現したのは、全身を銀色の鎧で包んだ騎士。
「助けにきたよ(裏声)」
「え……?」
何故か非常口のような卍型のポーズをとり、裏声で話す暦見亥月のアカウント――銀騎士がそこに立っていた。
「対戦よろしくお願いします(裏声)」
「えぇ……?」
困惑がNyaNyashiの頭を埋め尽くした。
"救援きたー!"
"だれ?"
"ありがとう知らない人!"
"何だそのポーズ……"
「まずは解毒をしよう、はい解毒薬(裏声)」
「へ? あ、どうも……」
「それと、パーティ申請を送ったから承認してくれるかな? 仲間の攻撃でやられないように、一応ね(裏声)」
「あ、はい」
とんとん拍子に話を進める銀騎士に、NyaNyashiは頷くことしか出来ない。
先ほどまで絶体絶命のピンチに陥っていたのが嘘のような日常感。
淡々と、まるで作業を始めるかのような気軽さで、銀騎士はモンスターの方へ向き直ると、
「ゾンビはこっちに任せてくれていいから、ボスはお願いね!(裏声)」
「ちょ、ちょっと…!?」
返事も待たずに一目散にゾンビの群れへ突っ込んでいった。
銀騎士が両手剣を高く掲げる。
見ればその刀身は真っ白に輝いており、それを見た死者たちは、我先にと争うように彼へ殺到した。
「あれは……挑発スキル?」
"今のうちにボス倒そう!"
"ありがとう○ッキーみたいな声の人"
"おいやめろ、消されるぞ"
"D-LiveのDってまさか……"
"でもあれ大丈夫なの?"
「そ、そうだよねっ! まずいよね!」
流れるコメントにNyaNyashiの思考が追いつく。
部屋中のゾンビは、うねる水面のように見えるほどその数を増している。
それだけのゾンビに囲まれて無事でいられるわけがない。
早く加勢に、と準備を整えたNyaNyashiが銀騎士の元へ向かおうとして……違和感に気づいた。
「あれ? HPが……全然減ってにゃい?」
パーティを結成したことで見えるようになった銀騎士のHPバー。
それが、まだ少ししか減っていない。
四方八方をゾンビに埋め尽くされ、袋叩きにされているはずなのに。
その事実はそのまま、彼の防御力がずば抜けて高いことを表している。
"硬いwww"
"もしかしてタンク職なのか?"
"いや硬すぎだろ草"
"あれ放っといていいのでは"
「ええと……よく分からにゃいけど、チャンスだよね!」
銀騎士が何者なのかとか、そういうことは後から聞けばいい。
確かなのは、これがボスを倒す千載一遇のチャンスということ。
「みんにゃー! 銀騎士さんが敵を引き付けてくれてる間に、ボスを倒すよー!」
ようやく実況をする余裕も戻ったNyaNyashiが、リスナーを煽りながら階層ボスへと突撃する。
随分と久しぶりに姿を見たような気がするリッチーは、護衛のようにゾンビを侍らせていた。
NyaNyashiの接近に反応し、取り巻きたちへ彼女を攻撃するよう命令を下す。
だが、銀騎士によって大半のゾンビが集められた今。
NyaNyashiの得意とする機動戦に十分なスペースが生まれた現状では、大した脅威になりはしない。
「はっ、とりゃあ……!」
NyaNyashiはフィールドを駆け回りながら、隙を見てボスへ散弾を叩き込んでいく。
程なくして、ボスのHPはレッドゾーンに突入した。
D-Liveに出てくるボスモンスターは、ほとんどがHPの残りによって行動を変える。
リッチーもその例に漏れず、ゾンビを呼び出して操作していただけだったのが、怒りの咆哮とともに魔法を乱れ撃ちし始めた。
倒れても起き上がるゾンビ相手だからこそ出来る、巻き添え上等の広範囲攻撃。
しかしNyaNyashiの反射神経をもってすれば、その程度の弾幕を躱すことなど造作もない。
「当たらにゃいよ!」
炎、氷、雷、石のつぶて。
飛来するそれらは近づくにつれ彼女の体にもダメージを刻んでいくが、致命傷には程遠い。
危ういながらも着実に、NyaNyashiはボスへと肉薄し、
「これでおしまいにゃ!」
ショットガンの銃口が、呪われた魔導士の頭に突きつけられる。
「ばーん!」
コミカルな掛け声とともに放たれた散弾がリッチーの頭を吹き飛ばし、部屋に討伐成功のファンファーレが鳴り響いた。
「やったー!」
"うおぉぉぉぉ!"
"正直ダメだと思った"
"やっぱりNyaNyashiちゃんしか勝たん!"
"増援なかったら終わってたな"
「あっ、そうだ! 銀騎士さん!」
飛び跳ねて喜ぶNyaNyashiは、慌ててパーティメンバーのHPを確認する。
そこにはちょうど半分ほどが削られながらも、まだまだ余裕のありそうな助っ人の名前があった。
頼もしくも、少しでたらめな防御力に思わず笑いそうになってしまう。
本当に危ないところだった。
この逆転劇の立役者になんとお礼を言えばいいか、とNyaNyashiが銀騎士へと駆け寄ったその時だ。
「え……」
魔法の弾丸が数発かすめた猫のお面。
そのかけ紐がぷちりと千切れた。
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