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#2 底辺配信者の救いの手

 待ちに待った放課後がやってきた。


「ただいまただいまー、と」


 挨拶もそこそこに自分の部屋へ荷物を放り、またすぐに家を出る。


 ダンジョンへ入るのに持ち物は必要ない。

 装備やアイテムは全てアカウントのデータとして記録されているからだ。便利だね。


 それに俺の場合、電車に乗る必要すらないから、尚更持っていくものなどない。


「よいしょ」


 そこそこ広い自宅の庭に、ひっそりと佇む古びた物置き。

 錆びついて動きの悪い扉を開ければ、中は至って普通の物置きに見える……が。


 何を隠そう、これはダンジョンの入り口だ。


 どういうわけか見当もつかないが、ある日突然、我が家の物置きはD-Live運営さんに『この物置きは廃墟、ヨシ!』と廃墟認定され、ダンジョンに飲み込まれた。


おそらく何年も人が入っていない建造物がダンジョン化する条件ではないか、なんて言っていたのは妹だったか。

 天才のアイツをして分からないなら、俺に分かるはずもない。


「まぁ楽しければなんでも良いよね!」


 笑顔でひとり呟いて、軽く準備運動をする。

 ゲームをする前に体をほぐしておくというのも、フルダイブシステムのD-Liveならではだよなぁ。 


「ふぅ……よし」


 充分に体が温まったところで、いざ、ダンジョンの入り口……もとい、物置きへと足を踏み入れる。


 たったそれだけ。移動距離でいえば数歩分にしか満たないというのに――がらりと景色が一辺した。


 上下左右が分からなくなるような暗闇。

 そこにシステ厶ウィンドウがぽつんと浮かんでいる。

 触れると、メッセージが表示された。


 ▷T病院跡地を攻略中です。コンティニューしますか?


 迷わず『はい』を選択する。


 ダンジョンは攻略中の場合、一度抜け出してもその続きから始められる。それが例え、別なダンジョンの入り口からだったとしても。

 便利な反面、その入り口と繋がるダンジョンに行きたい場合は、攻略を諦める必要もあるんだが……うちの物置ダンジョンは何もない洞窟があるだけだ。なので特に困らない。


 やがて周囲が色づき始めた。


 ツルツルとした無機質な乳白色の床。

 かつて病院だったことを表すそれは、ところどころが欠けていて、謎の汚れがこびりついている。


 壁に貼り付けられた様々な病気の注意喚起ポスターは、ほとんど破れて内容も分からず、天井の蛍光灯は割れているか死にかけだ。


 ここがT病院跡地ダンジョン13層。

 昨日ログアウトした冒険の舞台に、俺は再び降り立った。

 

「相変わらず雰囲気ばっちりでおっかない……」


 呟いた声がフルフェイスのかぶとにこだまする。

 この、いつの間にか装備を着ている感覚にも慣れたものだ。


 メニューから配信機能を呼び出す。


「あーあー、マイクテストマイクテスト……大丈夫そうかな?」


 音声の出力波形を確認して、配信用ゴーレムを起動。

 このゴーレムにはいくつかタイプがあるのだが、俺はトカゲ型ゴーレムを好んで使っている。

 自走型で、壁を走りながら周囲の状況や戦闘を撮影してくれる、D-Liveのオバテクさを体現したかのようなすごいヤツだ。

 お前をダンジョンの外に持ち出せたら、それだけで世界獲れるよ……。


 ソワリとした感覚に身震いしながら、録画を開始する。

 レコーディングを表すランプのように、ゴーレムの目が赤く点灯した。


「みにゃ、みなさんこんにちはー。今日もT病院跡地ダンジョンの攻略を、あ、13層の攻略をやっていきまーす」


 冒頭から噛んだ。

 セリフを忘れて情報が抜けた。


 それら全て、後から黒歴史となって襲いくることを予感しながら、意識をダンジョンへとシフトさせれば、早速モンスターが湧いて出た。

 コメント欄の沈黙に耐えられない今、骸骨の兵士をしたそいつは俺にとって救世主(メシア)に等しい。


 それを、


「そぉい!」


 手にしていた両手剣でぶった斬る!

 神は死んだ。


 理科室の骸骨標本が戦装束を着たようなモンスター――スケルトン・ソルジャーは、バラバラと音を立てて崩れ落ち、経験値へと変わる。


「よし、まずは一体……!」


 言いながらチラリとコメント欄をのぞき見る。

 ワンアクションのたびにコメントが来てないか確認する、この動きは底辺配信者あるあるだろうか。


 と、そこに常連さんのコメントを見つけた。


 全知全能リスナー: ナイファイです


「全知全能リスナーさんいらっしゃい! いつもありがとう、楽しんでいってくださいね!」


 もはや定番となったやり取りだ。

 それでも嬉しいものは嬉しい。

 一人でも見てくれる人が居ると報われる思いだ……が、それでももっともっと、と求めてしまうのは何故だろう。


 おっと、今は配信中だった。

 反省会は後にしないと。


 雑念を振り払うように廃墟の攻略を進めていく。

 しかし順調に進む探索とは裏腹に、同接数は1〜5の辺りで増えたり減ったりしていた。


 やはり観てもらえない……。


 理由は分かっている。

 なんというか、地味なのだ。俺の戦い方は。


 モンスターにやられることを恐れて揃えた鎧装備一式。

『銀月の騎士シリーズ』と銘打たれた銀色に光るそれは、他より高い防御力を誇るが、その分重量がありスピードが落ちる。


 おまけに「やってる人が少ないタンク職にすれば需要あるんじゃ……?」と逆張り根性が災いし、ステータスやスキルを耐久寄りに振ってしまった。

 結果、出来上がったのが単調なサーチアンドデストロイしか出来ないノロマな銀騎士様である。


 いい加減わかった。

 やっている人が少ないということは、誰も思いついていないのではなく、思いついてもやらない、やりたくない不人気なものなのだと。

 でも今さら引き返せないよ……。

 もうすぐ大台のレベル100なんだよ……?


 自宅の庭にダンジョンの入り口がある俺は、他の学生と違って門限がない。

 だから同年代と比べてかなり高いレベルのはずだ。


 もちろん、昼は学校に行っているから、その間もダンジョン攻略に精を出すニー……プロのホームセキュリティガードの皆様には負けてしまうが。


「ふんっ! はっ!」


 モンスターたちを薙ぎ払い、14層、15層へと進む。

 この配信内でボス部屋まで行けるだろうか……という考えを読んでいたかのように、設定していたアラームが鳴った。

 いけない、晩ごはんの準備をする時間だ。


「それじゃあ今日はこの辺りで終わりにしたいと思います。観てくれた皆さん、ありがとうございました! 明日はボス戦から始めますね」


 "おつ"

 "お疲れ様でした"


 配信を切る前に、コメントが流れるのを待ってみたが、それ以上は増えなかった。

 まぁ、最後まで観てくれた人が居るだけマシ……と思うことにしよう。


 ゴーレムを操作して録画を停止する。

 さて、それじゃあログアウトして晩ご飯を、とこの後の予定を立てていた時、


「……ん?」


 ピコーン、と木琴を叩いたような軽やかな音とともに、メッセージがポップアップ。

 これは……


救難信号(ヘルプコール)か」


 5階ごとにある階層ボスとの戦闘中は、ボス部屋から出られない。

 そんな仕様の救済措置として、ボスを倒せない場合に同じダンジョンに居る人間へ助けを求めることが出来る機能がこの救難信号(ヘルプコール)だ。


「場所は……15層。ここのボスか。でもなぁ……」


 いくつも枝分かれした、未踏破の通路の先を見る。

 ここからではボス部屋まで距離があるし、何よりついさっき配信で「次はボス戦から」と言ってしまった。


 それに当然、俺は15層のボスは初見。

 ネタバレが嫌で情報もいっさい仕入れていない。

 とくれば……この救難信号はスルー安定だろう。


「ごめんなさい、見知らぬどなた様。俺より親切な誰かに助けてもらってくださいな」


 申しわけ程度の謝罪を口にしながら、ログアウトのボタンへと手を伸ばす。

 その前に、せめてどこの誰が救難信号を送ってきたか確認しようとして、


「え?」


 目を丸くする。

 差出人の欄には他でもない俺の推し……NyaNyashiちゃんの名前があった。

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