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#0 ゲームオーバーは死に等しい

 目の前で推しのNyaNyashiちゃんが殺されそうになっていた。


 比喩ではない。

 このゲーム――通称D-Live(ディーライブ)では、ゲームオーバーになるとアカウント情報が全て消去されるのだから。

 積み上げたレベルも。集めたアイテムも。悩み抜いて割り振ったステータスも全て。


 だからこのゲームにおいてゲームオーバーというのは、プレイヤーの死に等しい。


「キロロロロロ!!」


 その死を招く存在ーーこちらの身長の3倍はある体躯に4本の鎌を持ったカマキリのようなモンスターが、気味の悪い鳴き声とともに自慢の腕を薙ぎ払う。


 動け動け、暦見(こよみ) 亥月(いつき)

 いいや"銀騎士"!

 コンマ1秒でも早く前に出ろ!


 そう自分を叱咤するも、死にたくないあまりに着込んだ銀色の鎧がそれを阻む。

 唯一高速で動く目でもって周囲をつぶさに観察するも、未だ打開策は見当たらない。


 刻一刻と迫る必死の一撃。

 凶刃の向かう先では、ちょうどNyaNyashiちゃんが空中で攻撃後の隙をさらしているところだった。


「あっ……」


 ファンタジーテイストな高校の制服と赤いポニーテールを慣性になびかせる彼女は、一拍遅れて、忍び寄る死の気配に気づいたらしい。

 顔の上半分を猫の仮面で隠したその表情は見えないが、ぽかんと開いた唇は自身の失策を悟った風だ。


 空中での姿勢制御には限度がある。

 周囲に遮るものもない。ステ振りや装備の防御力を考えると、あの一撃を喰らえば間違いなくHPは全損するだろう。


 ……やむを得ない。

 俺は手にしていた両手剣を振り上げ、NyaNyashiちゃんに向かって投げつける。


 断わっておくが、俺は「どうせ死ぬならせめて自分の手で!」なんて猟奇的な発想をするタイプではない。

 投擲された両手剣が円を描いて彼女に激突する。

 直後、弾かれたような甲高い音とエフェクトがまき散らされ、小さな体が吹き飛んだ。


 ゲーム仕様であるパーティメンバーへのフレンドリーファイア無効。

 それを利用してノックバックを発生させ、ダメージ圏内から退避させたのだ。


 良かった。上手くいった。

 そう安堵するのと同時に、ずぶりと嫌な感触とともに化けカマキリの鎌が俺の胴体に突き刺さる。


 分かっていた。

 両手剣を手放すということは、盾を手放すのに等しいことも。

 4本の腕のうち2本が、同じタイミングでこちらへ迫っていたことも。


「銀騎士さん!」


 あぁ、推しが自分の名前を呼んでいる。


 なんて感傷に浸る間もなく、視界の隅にあるHPバーのメモリが一斉に消失する。


 "うわああああああ"

 "うそ、やられた?"

 "まじか、全ロスじゃん"


 コメント欄が悲鳴と困惑の声で埋まり、普段の何倍ものスピードで流れていく。


 "あーあ、慎重にいかないから"


 うるさいな。

 そんなことは俺が、俺たちが一番よく分かっている。


 普段ならどんなコメントだろうと「コメントありがとう、チャンネル登録よろしくね!」と返すところだが、死に際でもそれが出来るほど俺は立派な配信者じゃなかったらしい。


 それだけ真剣だった。

 俺と、その分身である"銀騎士"は、確かにこのゲームで生きていたのだ。


 ビー、というブザーの音によく似た、1年以上プレイしていて初めて聞くゲームオーバーの効果音とともに。


 俺のアカウント――銀騎士は、D-Live(ディーライブ)での生涯に幕を下ろした。

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