量子の泡
「アインシュタインは、相対性理論において、宇宙は時間と空間が関連した時空で、重力によってゆがむトランポリンと説明しました。」
丘の上に建つ講堂は、土佐国大学 理学部 物理学科。
量子力学の権威 愛上岡教授の講義は、退屈なものであった。
「ホイラーは、時空は量子状態で一定ではなく、変化し続ける泡であると主張、量子の泡の概念を提唱しました。」
窓から見おろすと、魚を取るため海に向けて投げ網をする男の姿を見ることが出来た。
「さて、問題は、タイムトラベルが可能かという話です。」
太平洋の波は高く、しぶきが男たちに振りかかるも、彼らが網を投げる手を止めることはない。
「多宇宙解釈。 この考えは、パラレルワールドの発想に類似したものです。 ここでは、物理的 相互作用が時間上に及び、過去の改変が行われても素粒子レベルで世界の再構成が行なわれ、タイムパラドックスは生じなくなります。」
窓の外では、彼らが網をひきあげ、魚を取り上げ網からおろしている。
「その小説が、クライトンのタイムラインです。」
ふぁぁ。
魚をカゴに放り込み、網にかかったゴミを袋へと放り込んでいく男を見ながら、私は、かみ殺しきれないあくびを口から漏らした。
「1999年に発表された小説で、彼は、量子の泡に道を開くことで、時空のゆらぎに人を通過させ、タイムトラベルを可能にさせました。」
あぁ、こんな退屈な講義を聞くのならば、私も量子の泡を通りどこかの時空へと転移したい。
そう思い、再び窓の外を眺める。
何ということだろう。
魚を入れたカゴが、海へと流されているではないか。
追いかける男たちが、海へと駆けこむように飛び込む。
「逃げろっ!」
講義中にもかかわらず、私は大きな声をあげた。
海に駆け込んだ男たちが、波に飲み込まれたのだ。
窓から外を眺めることはできるが、丘にある講堂から海は遠い。
助けに行こうにも、何もできない。
やがて波はひき、海にはぶくぶくとした泡が見て取れる。
そう海に、漁師と泡が見えるのだ。
私は、講堂をつまみ出された。
講義を邪魔したとして追い出されたのだ。
しかし、そんなことどうでもいい。
急いで漁師の居た海へと向かう。
しかし、彼らは居なかった。
おそるおそる海へ一歩踏み出す。
冷たい水が、指先を刺激した。
海面の小さな泡が、私の足に触れた瞬間。
突然に大平洋は荒れ、大波が私を包む。
そうして、泡は大きく広がり、中に吸い込まれた私は、存在をこの時空から消したのであった。
文字数(空白・改行含まない):1000字
こちらは『第4回「下野紘・巽悠衣子の小説家になろうラジオ」大賞』用、超短編小説です。
今年は、参加する予定は無かったのですが、ほんの少し時間がとれたので1000字なら数時間あれば書くことが可能かな?っとおもって1話だけ挑戦しました。