5話
鉄甲冑の裏拳が目の前から飛んできましたが、上体を逸らすことによってやり過ごしました。
すぐ隣を走る人が攻撃してきたのです。早速始まりましたね、蹴落とし合いが。
流石は攻撃しようが細工をしようがお構いなしの危険で野蛮なレースです。スタート直後は選手が密集していますから乱戦になると予想はしていました。
「手を出す相手を間違えましたよ。あなた」
身を守ることに特化した選手なのか、全身プレートアーマーで、魔力板もそれに合わせて頑丈に作られています。
重量は速度には大きく影響しませんから、悪くない作戦と言えるでしょう。普通の選手が相手ならば。
「ほい」
「あえっ──?!」
すぐさまプレートアーマーに密着するように身を寄せ、相手の魔力板の先端に震脚をプレゼント。つまり踏みつけてやりました。
重さにより地面スレスレを滑るように走っていた魔力板の先端が地面に引っかかり、前に身を投げ出されていくプレートアーマー。防具のせいで重心が高くなっていたのも良くありませんでしたね。
目の前でクルクルと回転するプレートアーマーの魔力板をキャッチして、これは盾兼武器として利用させてもらいましょう。
「受け身は取れるようですね。よかった」
派手に砂埃を撒き散らして転がりながらも、プレートアーマーは無事のようでした。かなりの速度からの転落は簡単に死ねますから、一安心。
死んでも文句はないといった書類にサインさせられましたが、だからといって死んでいいわけではありませんからね。
「ぐっ……?!」
すぐさま左から乾いた銃声。右側にいた選手が呻き声を上げて失速していきます。
わたしを狙ったけど外して反対側の選手に当たったようです。運が良かった。
すぐさまプレートアーマーの魔力板を左手側に構えると、金属音と火花を散らして鋭い衝撃が襲ってきます。
跳弾が他の選手に当たらないように斜に構えながら、射手に突撃。飛び道具はもちろんルール違反ではありませんが、丸腰相手に使うのは卑怯ですよ。なにより銃は殺傷力が高すぎます。
わたしの間合いまで接近したら、プレートアーマーの魔力板をひと凪して叩き落としてやりました。
それだけでは終わりません。
「どらぁ!」
「甘いですよ」
「くらえ!」
「この程度ですか」
「なんの!」
「生ぬるいですね」
次から次へとあの手この手でわたしに襲いかかってくる選手たち。白くて目立つし、これといった武装やカスタムをしていないと一目でわかるから積極的に狙われているようです。
魔力板同士がぶつかって傷がつかないように気を配りつつ、弱者は邪魔にしかならないのでお掃除する感覚で簡単に排除して。
「ふぅ……」
そこでようやく一息つけるタイミングがやってきて、全体を俯瞰します。
どうやら前を走る選手の砂埃を嫌い、横長の隊列になっているようです。前と後ろにはほとんど人がいません。全員が速度を上げ、スピード勝負になっています。
「そうきましたか。意地が悪い」
そんなとき、地平線から生えてくるように徐々に現れ始めたそれを見て、思わず声がこぼれてしまいました。
天高く聳り立つ断崖絶壁が、ゴールまでの道のりを遮っていたからです。