2話
魔力板レースは始まる前から始まっている、と彼女さんは言いました。
シンプルに速さを競い合う競技だとばかり思っていましたが、わたしの勘違いだったようですね。
彼氏さんはその毒牙にかかってしまった、と彼女さんは睨んでいるようです。
「私が調整ミスする訳がないし、グロウがこんなミスをする訳がない。私がミスをしていたとしても、絶対に気づくはずなんです」
魔力板レースによって繋がれたカップルの自信と信頼、そして絆は相当のようです。優勝候補と言われていたのにも納得できるほどの熱意を感じます。
それだけに、亡くなってしまったのは非常に残念でした。わたしも魔力板には日頃からお世話になっていますから、一度くらいは最高峰のレースとやらを観戦してみたかったですね。
「そこで、あなたをあのホワイトさんと見込んでお願いがあります」
「……お願いですか。なんでしょう?」
流れ的に悪い予感しかしませんが、傷心している彼女さんの話を聞かないわけにはいきませんでした。葬儀屋として。
「単刀直入に。グロウの代わりに出場してほしいんです」
「……どういうことでしょう?」
観戦どころか出場の流れになってきてしまいました。
「失礼ながらあなたの魔力板を拝見しました。惚れ惚れするほど綺麗で大切にしてますよね。腕もそこらの選手じゃ足元にも及ばないはずです!」
段々と熱量が上がっていく彼女さん。それほどでもありますけど。どや。
「見ただけでわかるものなのですか?」
「メカニックですから、それくらいわかって当然です」
当然なんですか。根っからのメカニックなのでしょうね。
思っていたよりも凄い世界のようです魔力板レース界は。
「それで、お互いに約束し合ったんです。『優勝したらメダルをプレゼントする』って」
それ俗に言う『死亡フラグ』というやつじゃないですか。戦いが終わったら結婚しようみたいな。
彼女さんは体の向きを変え、額を地面に擦り付けました。汚れることも厭わずに。
「どうかお願いです! 私だけじゃグロウにメダルを贈れないんです!」
「……代わりに参加して優勝してほしい、ということですか」
「はい! 無茶なお願いなのは承知の上です! この通り!」
それ以上、下がらない頭をさらに下げようとする彼女さん。見ていて痛々しいです。
それでもわたしには、葬儀屋として世界を旅するという目的がありますから、ここで足止めを食らうわけにはいきません。
心苦しいですが、お断りしましょう。
「お言葉ですが──」
「もちろん賞金は全て差し上げます。メダルだけお供えさせてくだされば、他には何もいりません!」
「引き受けましょう」
そこまで言われてしまっては、引き受けるしかありません。
それに魔力板レースの賞金はとてつもないほどの金額だと聞きました。つまりそれだけ危険なレースだということ。
だとしても、わたしの手にかかれば優勝など造作もありませんけどね。どや。
「それで、そのレースはいつ開催されるのですか?」
「今日です」
「今日ですか?! いえ、聞き間違えました。なんと?」
「今日です」
「今日ですか?!」
今日なんですか?!?